結局
14時間かかり
バンコクに到着
けつから
火が出続けたが
何とか
耐え抜いた
次の電車までは
六時間
バンコクでは
デモが起きているが
駅の中は
平和そのものだった
3等車が
地獄過ぎたので
次こそは
しっかりと
エアコンのついた
車両を…
と思っていたら
3等車しか空いてない!!
さすがマレー鉄道
人気路線なだけあります
仕方なしに
3等車を購入…
バンコクから
国境近くの町
ノーンカーイまでは
約17時間…
これまた
大移動
頑張ろう
今日で
約二週間
一緒に旅した
韓国人の
ソンフォンとは
お別れ
兄貴のように
優しくしてくれて
弟のように
茶目っ気たっぷりの
彼との旅は
本当に楽しかった
ベトナムで
変な親父にだまされそうになったとき
一緒に追い返したり
ラオスで
夜までいっぱい話したり
毎日一緒にビールを飲んで
健康のために一年我慢してた
コーラを解禁したら
「コーラはドラッグの一種だ」
と言いながら
その後
毎日欠かさず
コーラを三本飲み続けた
旅の中で
本当に
いい思い出ができた
カムサハムニダ
ソンフォンと分かれた後は
バンコクまでの電車で
仲良くなった
ジュン(また韓国人)と
マレーシアのペナン島まで行くことになった
疲れていた俺たちは
駅の構内で
爆睡
見た目は
完全に
ホームレスだった
そして
15:35
列車に乗り込む
昨日のシートよりは
少しだけ広い(約30cm)
最初は
案の定
熱い
熱い
また
扇風機だけの
この車両
しかも
今度は
あたってくれない
はぁー
深いため息をつきながら
ジュンと
「夜は涼しいよ」
なんて話していた
…
…
甘かった
夜は死ぬほど寒かった
もう長袖なしでは
耐えれないほど
ジュンは長袖を持っていなかったので
貸してあげ
俺は
バスタオルに包まっていた
マジで
寒い
窓閉めても
寒い
…
こうして夜は更けていった
もちろん
今日も
Hip Hot現象(前日の日記参照)に
悩まされている
2010年4月12日月曜日
2010年4月10日土曜日
37日目 ラオス→タイ 地獄列車
朝
ビエンチェンにつき
そのまま
バスに乗り込み
ラオスと
タイの
国境へと
向かう
ラオスと
タイの
国境は
あまりにも
簡単に通り
メコン川にかかる
タイと
ラオスの
友好橋を
ミニバスで
駆け抜けました
その後
久々に帰ってきた
タイ
最初に
タイに
着いたときは
右も
左も
前も
後ろも
米と
麦の
違いもわからず
ただひたすらに
ものすごい
高揚感にひたっていた
帰ってきた
今は
何か
少し
余裕のような
そんな気持ちで
また
タイに
たどり着いた
こんなときに
物を盗まれたり
トラブルにあったり
するんだろうな
初心忘れるべからず
気を引き締めていこう
タイ側の
ラオスの国境の町
ノーンカーイから
バンコクまでは
電車で行くことにした
そこで
ソンフォンは言った
3等車に挑戦したい
俺の中での
合言葉に
「安いが一番」
という
言葉があった
しかし
3等車というと
ぎゅうぎゅう詰めの席に
ついてるのは
扇風機だけ
四人がけのいすに
六人ぐらい座っている
そして
とにかく
熱い!!
これが
最大の弱点である
しかし
ぼくらの
「安いが一番」
この言葉は揺るがず
そのご
メコン川沿いで
昼寝をし
エアコンのきいた
かふぇで
力を
貯え
いざ勝負!!
…
…
…
…
案の定
車内は地獄
サウナ状態
乗車している
すべての
乗客がぐったりしている
この暑さの
対策は
ただひたすら扇ぐ
床にねる
である
乗車していた
僕は
Hip Hot現象(以下:HH)
と呼ばれる体内現れる不可解な
現象が起きてしまった
HHは
三つの症状が現れる
1.昨日食ったからいラーメンのせいで血が燃えるような感覚を排便のたびに起こす
2.硬いシートのせいでお尻のポジションが定まらず極度の違和感を感じ、痛みを伴う
3.汗のせいで肛門がひりひりする
この三つが
同時に襲ってくることを
HHとよばれる
俺は
これを
出発三時間後に
発症してしまった
ここから
バンコクまで
約12時間
果たして
耐えれるのか??
ビエンチェンにつき
そのまま
バスに乗り込み
ラオスと
タイの
国境へと
向かう
ラオスと
タイの
国境は
あまりにも
簡単に通り
メコン川にかかる
タイと
ラオスの
友好橋を
ミニバスで
駆け抜けました
その後
久々に帰ってきた
タイ
最初に
タイに
着いたときは
右も
左も
前も
後ろも
米と
麦の
違いもわからず
ただひたすらに
ものすごい
高揚感にひたっていた
帰ってきた
今は
何か
少し
余裕のような
そんな気持ちで
また
タイに
たどり着いた
こんなときに
物を盗まれたり
トラブルにあったり
するんだろうな
初心忘れるべからず
気を引き締めていこう
タイ側の
ラオスの国境の町
ノーンカーイから
バンコクまでは
電車で行くことにした
そこで
ソンフォンは言った
3等車に挑戦したい
俺の中での
合言葉に
「安いが一番」
という
言葉があった
しかし
3等車というと
ぎゅうぎゅう詰めの席に
ついてるのは
扇風機だけ
四人がけのいすに
六人ぐらい座っている
そして
とにかく
熱い!!
これが
最大の弱点である
しかし
ぼくらの
「安いが一番」
この言葉は揺るがず
そのご
メコン川沿いで
昼寝をし
エアコンのきいた
かふぇで
力を
貯え
いざ勝負!!
…
…
…
…
案の定
車内は地獄
サウナ状態
乗車している
すべての
乗客がぐったりしている
この暑さの
対策は
ただひたすら扇ぐ
床にねる
である
乗車していた
僕は
Hip Hot現象(以下:HH)
と呼ばれる体内現れる不可解な
現象が起きてしまった
HHは
三つの症状が現れる
1.昨日食ったからいラーメンのせいで血が燃えるような感覚を排便のたびに起こす
2.硬いシートのせいでお尻のポジションが定まらず極度の違和感を感じ、痛みを伴う
3.汗のせいで肛門がひりひりする
この三つが
同時に襲ってくることを
HHとよばれる
俺は
これを
出発三時間後に
発症してしまった
ここから
バンコクまで
約12時間
果たして
耐えれるのか??
36日目 ラオス レッツサイクリング
朝
早起きして
ルアンパバーン名物の
坊さんの托鉢を見た
どんな気持ちで
現地の人は
坊さんに
ご飯をあげているんだろう
気になった
中には
なぜか
チョコバーを
あげている人もいた 笑
それから
早起きしたので
昼ねして
その後
自転車を借りて
レッツサイクリング
目指すは
地図に載っていた
滝
最初は軽快に
飛ばしていたが
また俺の特技
方向音痴が
発症してしまった
漕げども
漕げども
たどり着かず
変な
山の上で
あきらめてしまいました 笑
帰り道
坂から下るとき
ものすごい気持ちがよかったです
しかし
高校時代の坂道のみたいに
ものすごい急でも
全然
平気だったのに
今日は
とても
怖かったです 笑
年をとったんだなー
なんて
考えていると
変な店の前にいた
若者に
ものすごい
勢いの水を
ホースでかけられました
ものすごい
運動をした後だったので
とっても
気持ちがよかったです
若者たちは
ものすごく笑っていました
ラオスで一番の
笑顔見せてもらいました
今日の夜のバスで
ビエンチェンに帰って
そのまま
マレーシアを目指します
あいつに
会うために…
早起きして
ルアンパバーン名物の
坊さんの托鉢を見た
どんな気持ちで
現地の人は
坊さんに
ご飯をあげているんだろう
気になった
中には
なぜか
チョコバーを
あげている人もいた 笑
それから
早起きしたので
昼ねして
その後
自転車を借りて
レッツサイクリング
目指すは
地図に載っていた
滝
最初は軽快に
飛ばしていたが
また俺の特技
方向音痴が
発症してしまった
漕げども
漕げども
たどり着かず
変な
山の上で
あきらめてしまいました 笑
帰り道
坂から下るとき
ものすごい気持ちがよかったです
しかし
高校時代の坂道のみたいに
ものすごい急でも
全然
平気だったのに
今日は
とても
怖かったです 笑
年をとったんだなー
なんて
考えていると
変な店の前にいた
若者に
ものすごい
勢いの水を
ホースでかけられました
ものすごい
運動をした後だったので
とっても
気持ちがよかったです
若者たちは
ものすごく笑っていました
ラオスで一番の
笑顔見せてもらいました
今日の夜のバスで
ビエンチェンに帰って
そのまま
マレーシアを目指します
あいつに
会うために…
2010年4月5日月曜日
35日目 ラオス メコンの夕暮れ
晩に
ラオスの古都
ルアンパバーンに到着し
今日は
一日中
散策
世界遺産にも登録されている
街なので
どんなまちなのかと
思いきや
結構何にもない
けど
どこか
懐かしい
そんな
気持ちにさせられるこの街
そして
ゆうがた
近くに売ってた
でっかい
豚串と
ビールを買い
メコン川沿いで
夕焼けを眺めながら
晩飯に
最高の贅沢の気がした
何も
考えず
ただ
ただ
きれいな
景色と
美味い飯
それとビール
日常的なことですら
幸せに感じることが出来る
多分
明日も
メコン川は
赤く染まるんだろうな
パノラマモード使ったら
めっちゃ
きれいに撮れた
34日目 ラオス 家族
今日は
バンビエンから
ルアンパバーンに移動するために
ローカルバス待つこと
四時間
やっと来たローカルバスの
値段を聞くと
8万5千Kip
ツアーリストのバスが
10万Kip
日本円に直すと
その差150円くらい…
まぁ安いのが一番と思い
あきらめる
そのバスが
途中
休憩に入ったドライブスルーのような所で
水鉄砲をもって遊んでた女の子
その子と一緒に遊んで
写真を撮って
見せてあげた
女の子はびっくりするぐらい
喜んでくれた
すると後ろから
「カメラ、カメラ」
と言って
その子のお母さんが
妹を連れてやってきた
そして
もう一枚
パシゃリ
子ども二人も
お母さんも
その写真を見て
とっても
喜んでくれた
別に現像して
あげるわけでもないのに
とってもいい気分になって
バスに乗り
出発すると
IPodから一曲
隋喜と真田2.0/家族ゲーム
という曲がかかってきた
家族
どこへ行っても
家族の姿は
変わらないものだと思った
お母さんは
子どもをあやし
お父さんは
悪いことをしている子をしかる
一番下の子は
家族のアイドル
家族みんなで笑ってる
どの国に行っても
そんな風景を目撃する
「神様のギフトはマジビッグ
街に響く笑い声が幸導く」
そんな
Hookを聞きながら
自分の家族のことを考えていた
当たり前だけど
俺にとって
家族は
なくては
ならないもの
一生懸命働いて
みんなを養い
知識も豊富な
父さんを目標にして
毎日休まず
家のことをすべて行い
優しい母さんを尊敬し
独特な感性と
誰も持っていないような才能がある
姉をうらやましがり
俺の悪いところを指摘して
しっかりしている
兄に導いてもらい
人一倍
頑張りやの妹を見て
自分を見直す
多分この家族じゃなければ
多分俺は俺じゃない
一番影響をうけてるし
やっぱり
この家族が一番すき
最近は
ばあちゃんもいるし
犬だって二匹もいる
この曲では
子どもを授かることが
神様からのギフト
俺は
この家族に
生まれてきたことこそが
ギフト
森家は
他にないし
森家の人も
俺らだけ
数えことのできない確立から
できた
この家族が
俺は
本当に大好きなんだなって
ラオスに
ひょんとした
親子の
光景から
感じた
ありがとう
最初に参加する
家族という社会
すべてをわかるには
俺はまだ若い
けど
「もういいかい」って
いってお腹から出てきた時から
染まってきた俺というカラー
塗れるよまだまだ
人生60
いや
100まで
死ぬときには完成してるはず
20年でこんなにきれいにぬってもらえたから
そのころには
わかっているはず
ってちょっと遅いか 笑
バンビエンから
ルアンパバーンに移動するために
ローカルバス待つこと
四時間
やっと来たローカルバスの
値段を聞くと
8万5千Kip
ツアーリストのバスが
10万Kip
日本円に直すと
その差150円くらい…
まぁ安いのが一番と思い
あきらめる
そのバスが
途中
休憩に入ったドライブスルーのような所で
水鉄砲をもって遊んでた女の子
その子と一緒に遊んで
写真を撮って
見せてあげた
女の子はびっくりするぐらい
喜んでくれた
すると後ろから
「カメラ、カメラ」
と言って
その子のお母さんが
妹を連れてやってきた
そして
もう一枚
パシゃリ
子ども二人も
お母さんも
その写真を見て
とっても
喜んでくれた
別に現像して
あげるわけでもないのに
とってもいい気分になって
バスに乗り
出発すると
IPodから一曲
隋喜と真田2.0/家族ゲーム
という曲がかかってきた
家族
どこへ行っても
家族の姿は
変わらないものだと思った
お母さんは
子どもをあやし
お父さんは
悪いことをしている子をしかる
一番下の子は
家族のアイドル
家族みんなで笑ってる
どの国に行っても
そんな風景を目撃する
「神様のギフトはマジビッグ
街に響く笑い声が幸導く」
そんな
Hookを聞きながら
自分の家族のことを考えていた
当たり前だけど
俺にとって
家族は
なくては
ならないもの
一生懸命働いて
みんなを養い
知識も豊富な
父さんを目標にして
毎日休まず
家のことをすべて行い
優しい母さんを尊敬し
独特な感性と
誰も持っていないような才能がある
姉をうらやましがり
俺の悪いところを指摘して
しっかりしている
兄に導いてもらい
人一倍
頑張りやの妹を見て
自分を見直す
多分この家族じゃなければ
多分俺は俺じゃない
一番影響をうけてるし
やっぱり
この家族が一番すき
最近は
ばあちゃんもいるし
犬だって二匹もいる
この曲では
子どもを授かることが
神様からのギフト
俺は
この家族に
生まれてきたことこそが
ギフト
森家は
他にないし
森家の人も
俺らだけ
数えことのできない確立から
できた
この家族が
俺は
本当に大好きなんだなって
ラオスに
ひょんとした
親子の
光景から
感じた
ありがとう
最初に参加する
家族という社会
すべてをわかるには
俺はまだ若い
けど
「もういいかい」って
いってお腹から出てきた時から
染まってきた俺というカラー
塗れるよまだまだ
人生60
いや
100まで
死ぬときには完成してるはず
20年でこんなにきれいにぬってもらえたから
そのころには
わかっているはず
ってちょっと遅いか 笑
2010年4月4日日曜日
33日目 ラオス だって…
今日は
ゆっくりおきて
ビィエンチェンを散策
特に何かあるわけではないので
みんなで
チェックアウト
もう一人の
日本の方は
もう
俺が起きたころには
バンビエンへと
発っていました 笑
俺とソンフォンも
バンビエンへと向かうことに
マレーシアの方は
一人で行動するといって
分かれた
彼は
八ヶ月で
40カ国回った
つわものだった
はなしや
写真が
とっても
楽しかった
そのご
バスターミナルに行き
バンビエン行きのバスを
探し
見つけたら
びっくりするぐらいの
オンボロっプリ!!
ローカル臭
ぷんぷんのバスに
ローカルふぇちの
俺は
一人テンションがあがっていた
そして
満員の中
バスが出発
バスの外には
素朴な風景
街の人と
ものすごく
目が合うので
手を振ってみた
笑いながら
振り返してくれた
はぁ
なんて平和なんだろう
そんな時間も
あっという間に
過ぎ
気づけばバンビエン
宿を探し
ソンフォンと二人
街を歩き
何もないと判断し 笑
今日は
早めに就寝することに
だけども
夜
二人でのはなしが盛り上がった
中学校や
高校
大学での思い出話
自分たちが持っている
モットー
一番白熱したのが
「他の国の文化の思い込み」
俺は
テホがいたから
韓国への
偏見は
あんまりなかったが
やはり
島国
日本は
誤解がおおい
ソンフォンは
日本人は
全員
オタクだとおもっていたらしい
ソンホォンは
俺に会って
日本人のイメージが
変わったらしい
全国の
日本の
皆様
ごめんなさい 笑
でも
二人で話した結果
どこの国も
どこの人も
全くかわらない
だって
人間だもの 笑
ゆっくりおきて
ビィエンチェンを散策
特に何かあるわけではないので
みんなで
チェックアウト
もう一人の
日本の方は
もう
俺が起きたころには
バンビエンへと
発っていました 笑
俺とソンフォンも
バンビエンへと向かうことに
マレーシアの方は
一人で行動するといって
分かれた
彼は
八ヶ月で
40カ国回った
つわものだった
はなしや
写真が
とっても
楽しかった
そのご
バスターミナルに行き
バンビエン行きのバスを
探し
見つけたら
びっくりするぐらいの
オンボロっプリ!!
ローカル臭
ぷんぷんのバスに
ローカルふぇちの
俺は
一人テンションがあがっていた
そして
満員の中
バスが出発
バスの外には
素朴な風景
街の人と
ものすごく
目が合うので
手を振ってみた
笑いながら
振り返してくれた
はぁ
なんて平和なんだろう
そんな時間も
あっという間に
過ぎ
気づけばバンビエン
宿を探し
ソンフォンと二人
街を歩き
何もないと判断し 笑
今日は
早めに就寝することに
だけども
夜
二人でのはなしが盛り上がった
中学校や
高校
大学での思い出話
自分たちが持っている
モットー
一番白熱したのが
「他の国の文化の思い込み」
俺は
テホがいたから
韓国への
偏見は
あんまりなかったが
やはり
島国
日本は
誤解がおおい
ソンフォンは
日本人は
全員
オタクだとおもっていたらしい
ソンホォンは
俺に会って
日本人のイメージが
変わったらしい
全国の
日本の
皆様
ごめんなさい 笑
でも
二人で話した結果
どこの国も
どこの人も
全くかわらない
だって
人間だもの 笑
32日目 ベトナム→ラオス ラオスまでの道のり
朝を迎えた
バスが止まっていたけれど
目の前には
ラオスの
イミグレーション
ここに
来るまでの道は
大変だった
道といっても
バスが跳ねるような道
エアコンがぶっ壊れ
温風が出てきている
しかし
止めない
運転手
窓は
開けれないようになっている
全員がぐったりしている
ソンフォンは
一睡も出来なかったと言って
頭痛に悩まされていた
同じバスに
日本の方が乗っていて
大変でしたねーと言っていた
しかし
私
ばっちり
10時間睡眠
隣に座っていた
アゼルバイジャンの方も
「このクソバスが!!」
と叫んでいた
どこでも寝れるのは
俺の
特技だと
思い知らされた
ラオスのイミグレーションでは
二人の日本人と
一人のマレーシア人に出会った
実は
同じバスだったと判明したが
もちろん
爆睡の俺は
知る由もなく
はじめましてでした
そうして
ラオスのイミグレーションを通過し
一同
首都
ビィエンチェンへ
そこからも
また長く
10時間バスに
揺られた
しかし
バスから眺める
景色は
また少し
他の国とは違う
不思議な雰囲気
そんな景色を眺めながら
やっとこさ
ビィエンチェンに到着!
そこで
バスが一緒だった
日本人と
マレーシア人と
ルームシェアすることに
一部屋四人で泊まることが出来た
部屋の中は
まるで
修学旅行みたいに
色んなはなしで
盛り上がった
夜は
みんなで
メコン川を
眺めながら
Lao Beerを
みんなで飲んだ
評判どうりの
美味さ
ラオスって国は
メコン川みたいに
ゆっくり
ゆっくり
時間が
流れてる
バスが止まっていたけれど
目の前には
ラオスの
イミグレーション
ここに
来るまでの道は
大変だった
道といっても
バスが跳ねるような道
エアコンがぶっ壊れ
温風が出てきている
しかし
止めない
運転手
窓は
開けれないようになっている
全員がぐったりしている
ソンフォンは
一睡も出来なかったと言って
頭痛に悩まされていた
同じバスに
日本の方が乗っていて
大変でしたねーと言っていた
しかし
私
ばっちり
10時間睡眠
隣に座っていた
アゼルバイジャンの方も
「このクソバスが!!」
と叫んでいた
どこでも寝れるのは
俺の
特技だと
思い知らされた
ラオスのイミグレーションでは
二人の日本人と
一人のマレーシア人に出会った
実は
同じバスだったと判明したが
もちろん
爆睡の俺は
知る由もなく
はじめましてでした
そうして
ラオスのイミグレーションを通過し
一同
首都
ビィエンチェンへ
そこからも
また長く
10時間バスに
揺られた
しかし
バスから眺める
景色は
また少し
他の国とは違う
不思議な雰囲気
そんな景色を眺めながら
やっとこさ
ビィエンチェンに到着!
そこで
バスが一緒だった
日本人と
マレーシア人と
ルームシェアすることに
一部屋四人で泊まることが出来た
部屋の中は
まるで
修学旅行みたいに
色んなはなしで
盛り上がった
夜は
みんなで
メコン川を
眺めながら
Lao Beerを
みんなで飲んだ
評判どうりの
美味さ
ラオスって国は
メコン川みたいに
ゆっくり
ゆっくり
時間が
流れてる
31日目 ベトナム→ラオス ブルームーンを眺めながら
今日は
ハノイを後にして
ラオスに向かう
ラオス
俺の中では
マイナーと
言わざるを得ない
全く未知の国
何があって
何が有名かわからない
とりあえず
Lao Beerが
美味いってことだけは
知っている
そんな
国へ向かうバスに乗り
ふと
空を見上げると
ブルームーンが
一月に
二回来る満月の
二回目のつきのことを
ブルームーンと言う
一月にも
同じブルームーンがあり
そのときは
沖縄で
交通量調査をしながら
社会科の直哉と
5時間ぐらい
語り合っていた
そして
二回目は
ベトナムで
ラオス行きのバスに
乗りながら
あー
不思議だ
途中
止まったと思ったら
ものすごい量の
米と
ベトナム人が
これから
ラオスの
ビィエンチェンまで
24時間…
果たして
大丈夫なのか!!
ハノイを後にして
ラオスに向かう
ラオス
俺の中では
マイナーと
言わざるを得ない
全く未知の国
何があって
何が有名かわからない
とりあえず
Lao Beerが
美味いってことだけは
知っている
そんな
国へ向かうバスに乗り
ふと
空を見上げると
ブルームーンが
一月に
二回来る満月の
二回目のつきのことを
ブルームーンと言う
一月にも
同じブルームーンがあり
そのときは
沖縄で
交通量調査をしながら
社会科の直哉と
5時間ぐらい
語り合っていた
そして
二回目は
ベトナムで
ラオス行きのバスに
乗りながら
あー
不思議だ
途中
止まったと思ったら
ものすごい量の
米と
ベトナム人が
これから
ラオスの
ビィエンチェンまで
24時間…
果たして
大丈夫なのか!!
2010年3月31日水曜日
30日目 ベトナム 竜が吐き出したもの
今日は
早起きして
世界遺産である
ハロン湾に!
ここでは伝説があり
昔竜が降り立ち
外敵からここを守るために
吐き出した宝玉が
現在奇岩になって残っているということ
そこに
船で
ゆっくりとクルーズ
いい風が吹き
少し曇っていたけど
とってもいい景色
沖にある
この世のものとは思えない
サイズのでかい山が聳え立つ
なぜここにあるのか
どうしてここにできたのか
大学で
自然地理学実習でタッチューを計っていた
俺には不思議でたまりませんでした
竜が吐き出した伝説
そういわれるのも
納得の
すばらしい眺め
曇っていても十分素敵
むしろちょっと曇っているときの
太陽は好き
今もこのハロン湾には
100世帯が住んでいるらしい
ちっちゃい子どもも
大人顔負けに
ボートを漕いでいました
ハロン湾から帰ってきた後
たまたま出会った
日本人の方と屋台ビールを飲むことに
昔一年間旅をしたらしい
いろんな人に出会いながら
色んなはなしをする
旅の醍醐味を
満喫中
そんな
旅も一ヶ月経過
早いような
おそいような…
早起きして
世界遺産である
ハロン湾に!
ここでは伝説があり
昔竜が降り立ち
外敵からここを守るために
吐き出した宝玉が
現在奇岩になって残っているということ
そこに
船で
ゆっくりとクルーズ
いい風が吹き
少し曇っていたけど
とってもいい景色
沖にある
この世のものとは思えない
サイズのでかい山が聳え立つ
なぜここにあるのか
どうしてここにできたのか
大学で
自然地理学実習でタッチューを計っていた
俺には不思議でたまりませんでした
竜が吐き出した伝説
そういわれるのも
納得の
すばらしい眺め
曇っていても十分素敵
むしろちょっと曇っているときの
太陽は好き
今もこのハロン湾には
100世帯が住んでいるらしい
ちっちゃい子どもも
大人顔負けに
ボートを漕いでいました
ハロン湾から帰ってきた後
たまたま出会った
日本人の方と屋台ビールを飲むことに
昔一年間旅をしたらしい
いろんな人に出会いながら
色んなはなしをする
旅の醍醐味を
満喫中
そんな
旅も一ヶ月経過
早いような
おそいような…
29日目 ベトナム ポッキング
朝
ハノイに到着
そこから宿探し
結構ぐるぐる回ったが
一時間後には見つけることが出来た
そこで初
クッキング
昨日かった
電子ポッドを使って
料理
二人でポッドを使った
クッキングなので
ポッキングと名づけました
まずは
インスタントラーメンから!笑
まずは
お湯を沸かします
そこから
沸騰したら
五種類のインスタントラーメンを入れます
後は待つだけ
出来上がり!
味はいろんな味が混ざって
おいしかったです!
そこでハノイのことを調べて
ちょっと観光
屋台でビールがおいてました
ビアガーデンみたいな感じかな
そこで
まずは
一杯
夜になってから
ふと思いついた
「ポットを使ってしゃぶしゃぶができるんじゃないか…」
ソンフォンに聞いてみると
「ナイスアイディア!!」
料理好きの
ソンフォンは
しゃぶしゃぶを知っていた
そこで
二人で食材探しに
キャベツはすぐにゲットできた
豆腐もその後すぐにできた(一丁五円!)
しかし
肝心の肉が…
もうほとんど閉まってしまっていた
肉を捜し求めて
歩くこと
二時間
とうとう
見つけることができなかった…
しゃぶしゃぶは次回に持ち越しに…
ハノイに到着
そこから宿探し
結構ぐるぐる回ったが
一時間後には見つけることが出来た
そこで初
クッキング
昨日かった
電子ポッドを使って
料理
二人でポッドを使った
クッキングなので
ポッキングと名づけました
まずは
インスタントラーメンから!笑
まずは
お湯を沸かします
そこから
沸騰したら
五種類のインスタントラーメンを入れます
後は待つだけ
出来上がり!
味はいろんな味が混ざって
おいしかったです!
そこでハノイのことを調べて
ちょっと観光
屋台でビールがおいてました
ビアガーデンみたいな感じかな
そこで
まずは
一杯
夜になってから
ふと思いついた
「ポットを使ってしゃぶしゃぶができるんじゃないか…」
ソンフォンに聞いてみると
「ナイスアイディア!!」
料理好きの
ソンフォンは
しゃぶしゃぶを知っていた
そこで
二人で食材探しに
キャベツはすぐにゲットできた
豆腐もその後すぐにできた(一丁五円!)
しかし
肝心の肉が…
もうほとんど閉まってしまっていた
肉を捜し求めて
歩くこと
二時間
とうとう
見つけることができなかった…
しゃぶしゃぶは次回に持ち越しに…
28日目 ベトナム 失ったもの
今日は
またもフエを散策
しかし
あいにく今日は雨
行くとろも限られてしまう…
ちょっと
歩いていたら
がんがん
雨が降ってきた
こりゃいかん
すぐさま
近くのモールに退散
そこに
あった
スーパーマーケットを見ていると
電子ポットがおいてあった
そこで
ソンフォンに
一つ提案
俺:これ一個買ったら飯代浮くんじゃない?
ソ:!?おおそれいいアイディアだよ!
予想以上の反応 笑
しかも
ポットも安い
しかしソンフォンは
ソ:隣のガスコンロもいいなー…
と悩みだす
確かに
ガスコンロがあれば
何でも出来る
ソ:これさえあれば、サムギョプサルもチゲもできるよ!
さすが韓国人 笑
ソンフォンは
オーストラリアに
ワーキングホリデイで
一年間
シェフとして
行っていたので
その血が騒いだらしい
しかし
いかんせん
でかいし
重い…
どうするか…
二人で
一時間考えたすえ
電子ポットに決定!!
決め手は
大きくないし
軽いから
電子ポットを買って
その後
そのモールで飯を食う
安くて美味かった
そこで
ソンフォンと
韓国について
話す
俺は
韓国には二回行っているし
テホもいたから
それなりに
韓国に詳しい
それで
その話をしていると
ソ:韓国に生まれたことは満足しているけど兵役だけは嫌いだ
兵役
今まさにテホが行っている
ソ:兵役は二年間人生を失っているのと一緒だよ。いい思いでもあるけどほとんどがいやな思い出だ
ソンフォンは二十代最初の二年間を失っている
二年間を失う…
兵役の無い
日本に生まれた俺には
少しわからない
けど
テホっていう
大事な友達とすごせる
大事な二年間を
韓国の兵役に奪われたのも事実(あいつは自ら行ったけど…笑)
兵役
ソンフォンは言う
そんなもんは必要ない
ソ:今はロケットだけで人は闘わないじゃないか
確かに
もうそんな時代になってしまったな
ボタン一つで地球が
なくなっちゃうのか…
恐ろしい
今日は夜行バスで
ハノイへ
またもフエを散策
しかし
あいにく今日は雨
行くとろも限られてしまう…
ちょっと
歩いていたら
がんがん
雨が降ってきた
こりゃいかん
すぐさま
近くのモールに退散
そこに
あった
スーパーマーケットを見ていると
電子ポットがおいてあった
そこで
ソンフォンに
一つ提案
俺:これ一個買ったら飯代浮くんじゃない?
ソ:!?おおそれいいアイディアだよ!
予想以上の反応 笑
しかも
ポットも安い
しかしソンフォンは
ソ:隣のガスコンロもいいなー…
と悩みだす
確かに
ガスコンロがあれば
何でも出来る
ソ:これさえあれば、サムギョプサルもチゲもできるよ!
さすが韓国人 笑
ソンフォンは
オーストラリアに
ワーキングホリデイで
一年間
シェフとして
行っていたので
その血が騒いだらしい
しかし
いかんせん
でかいし
重い…
どうするか…
二人で
一時間考えたすえ
電子ポットに決定!!
決め手は
大きくないし
軽いから
電子ポットを買って
その後
そのモールで飯を食う
安くて美味かった
そこで
ソンフォンと
韓国について
話す
俺は
韓国には二回行っているし
テホもいたから
それなりに
韓国に詳しい
それで
その話をしていると
ソ:韓国に生まれたことは満足しているけど兵役だけは嫌いだ
兵役
今まさにテホが行っている
ソ:兵役は二年間人生を失っているのと一緒だよ。いい思いでもあるけどほとんどがいやな思い出だ
ソンフォンは二十代最初の二年間を失っている
二年間を失う…
兵役の無い
日本に生まれた俺には
少しわからない
けど
テホっていう
大事な友達とすごせる
大事な二年間を
韓国の兵役に奪われたのも事実(あいつは自ら行ったけど…笑)
兵役
ソンフォンは言う
そんなもんは必要ない
ソ:今はロケットだけで人は闘わないじゃないか
確かに
もうそんな時代になってしまったな
ボタン一つで地球が
なくなっちゃうのか…
恐ろしい
今日は夜行バスで
ハノイへ
2010年3月28日日曜日
27日目 ベトナム タイガー
今日は
バスで四時間かけて
フエまで
フエでも
俺らは
ぶらりと
歩き
郊外に
そこには路上で
コーヒーを
売っている所があった
ベトナムでは
屋台で
コーヒーが売っている
そこでは
コーヒーと
コンデンスミルクをまぜた
甘甘なコーヒー
そこのおばちゃんに
やたら
シンチャオ!(こんにちわ)
といっていたら
いっぱいベトナム語を
教えてくれた
だけど
英語全然
しゃべれないから
意味は全くわからなかったけど
とっても優しいおばちゃんだった
カメラを向けたら
とっても
恥ずかしがるのがかわいかった
韓国人と
旅をしてて
恒例となったのが
あたらしい
ビールに挑戦
ということだった
いままで
二人で飲んだ
ベトナムビールが
マジで不味い
今日は
タイガーというビールに
挑戦しようということになった
この
タイガーは
東南アジアどこの国に
いっても
あるという
品物だったので
少しは信頼して
ぐびっ
ん?
まずっ!!
ソンフォンも
全く同じ
リアクション
今までで一番まずかった
フエの
街は
美しい
ライトアップされた橋を渡りながら
ソンフォンが一言
「Beautiful Blidge,Good Liver,F××××n Tiger」
Very Nice
26日目 ベトナム あ、この感じ
バスがホイアンに到着
さすがにつかれた
とりあえず
宿を探すことに
しかし
ホイアンのやどは高い
一人で泊まるには
少々値段が張ると
思っていた
うーん
仕方が無い
と
思っていた矢先に
ある人物に出会った
彼は
ホーチミンで
一日だけ
宿が
同じだった
韓国人
名前は
パク ソンフォン
話しかけ
ルームシェアしないかというと
快く
オーケーしてくれた
その後
ホイアンの町を
二人で
ぐるぐる
自転車を借りて
まわることに
しかし
ホイアンのまちといっても
彼はすぐに
道をはずれ
郊外に行く
でもそれは
普通の人の
生活が見れて
とっても
楽しかった
次に
彼は
地図を見て
こっち行こう
と行って
行くと
同じところに戻ってくる
次は逆の道行こうとといって
適当に行くと
また戻ってくる
その後
ここに行こうといって
地図の行き場所を言われ
付いてきな
と言われついていいって
でも行く道の感じだと
戻るな…
と思いつつ
黙っていたら
案の定
戻ってきた 笑
だけど
ごめんごめん
とくったくなく
謝るのが
憎めなかった
あれ
なんか感じたことあるわ
なんか
なつかしい
あ
この感じ
1年前にいた
誰かさんといっしょだ
とてつもない
懐かしさに負われ
この韓国人と
ラオスまで旅することになりそうです
その後
二人でビールを飲みながら
ホイアンの夜町を歩きました
ホイアンの
夜は
とても
夏祭りのようで
気持ちのいい風が
通り抜けていました
ベトナム人に教えてもらった
面白ワード
「No Honda,No Lady」
さすがにつかれた
とりあえず
宿を探すことに
しかし
ホイアンのやどは高い
一人で泊まるには
少々値段が張ると
思っていた
うーん
仕方が無い
と
思っていた矢先に
ある人物に出会った
彼は
ホーチミンで
一日だけ
宿が
同じだった
韓国人
名前は
パク ソンフォン
話しかけ
ルームシェアしないかというと
快く
オーケーしてくれた
その後
ホイアンの町を
二人で
ぐるぐる
自転車を借りて
まわることに
しかし
ホイアンのまちといっても
彼はすぐに
道をはずれ
郊外に行く
でもそれは
普通の人の
生活が見れて
とっても
楽しかった
次に
彼は
地図を見て
こっち行こう
と行って
行くと
同じところに戻ってくる
次は逆の道行こうとといって
適当に行くと
また戻ってくる
その後
ここに行こうといって
地図の行き場所を言われ
付いてきな
と言われついていいって
でも行く道の感じだと
戻るな…
と思いつつ
黙っていたら
案の定
戻ってきた 笑
だけど
ごめんごめん
とくったくなく
謝るのが
憎めなかった
あれ
なんか感じたことあるわ
なんか
なつかしい
あ
この感じ
1年前にいた
誰かさんといっしょだ
とてつもない
懐かしさに負われ
この韓国人と
ラオスまで旅することになりそうです
その後
二人でビールを飲みながら
ホイアンの夜町を歩きました
ホイアンの
夜は
とても
夏祭りのようで
気持ちのいい風が
通り抜けていました
ベトナム人に教えてもらった
面白ワード
「No Honda,No Lady」
25日目 ベトナム 移動
今日で
ホーチミンは最後
何だかんだ言って
楽しかった
特に
宿のおじさん
ありがとう
毎晩一緒にテレビ見て
楽しかったよ
そしてここから
二十四時間かけて
ホイアンまで
移動してみて
わかったけど
まだまだ
やっぱり
発展途上のところはあるんだと感じた
ホーチミンは
栄えていたけれど
一時間も
走れば
荒野が広がり
畑
田んぼ
川
何も無い土地が
たくさんある
車窓から眺める景色が
どことなーく
懐かしく
どこトナーく
寂しい
ホーチミンは最後
何だかんだ言って
楽しかった
特に
宿のおじさん
ありがとう
毎晩一緒にテレビ見て
楽しかったよ
そしてここから
二十四時間かけて
ホイアンまで
移動してみて
わかったけど
まだまだ
やっぱり
発展途上のところはあるんだと感じた
ホーチミンは
栄えていたけれど
一時間も
走れば
荒野が広がり
畑
田んぼ
川
何も無い土地が
たくさんある
車窓から眺める景色が
どことなーく
懐かしく
どこトナーく
寂しい
24日目 ベトナム 体調不良
とうとうなってしまった
体調不良
昔から
俺は見た目と反して
体が弱い
何がいけなかったのか
おなかを壊し
頭が痛い
まぁ
排気ガスのせいにでも
しておこう
今日も
シュンさんと
約束して
ホーチミンを回ることに
しかし
俺の
ストマックは
かなり
バッドな
状態である
午前中だけで
多分五回は
行っただろう
俺の
体調不良を考慮して
シュンさんが
タクシー使うと
行ってくらたが
節約のため
歩くことに
しかし
二人とも
道を間違え
体力は
限界に近づき
バスに乗ることに
取り合えず乗ってみたら
全く違うところに
まずい…
とおもったけど
車掌さんが
次に行くところをすぐに教えてくれて
のぼりと
くだりを
間違えていたらしい
そして
なんとか
帰ってくることが出来た
そして
今日
シュンさんは
日本に帰るということで
ここで
お別れ
出会いもあれば
別れもある
これから
どれぐらい
するんだろうか?
楽しみな
反面
チョイ
さみし
23日目 ベトナム 再開
俺の得意の
段取りの悪さで
一泊しかする予定の無かった
ホーチミンに
長いこといることに
正直
ホーチミンは
昨日で見るところ
終わった 笑
今日はどうしよっかなー
なんて
思っていると
「あれ?もうしかして」
って話しかけてくれた人が
その人は
実は
カンボジアで宿が一緒だった
シュンさん
東京の人
シュンさんは
カンボジアから
ホーチミンに
入って
俺は
カンボジアから
インドネシア
そこから
ホーチミンに
入ったわけですが
いやー
なんと
偶然
また出会えたわけです
そこから
俺が
インドネシアに行った
後の
シュンさんの話を聞いて
そこから
ホーチミンを
ぶらぶら
すると
シュンさんが
「あそこの公園がやばい!」
というので行ってみたら
本当にやばい 笑
夕方ぐらいになると
やたら人が集まってくる
そして
なぜか備えつきの
シェイプアップ器具で
シェイプアップ!!
主に
中年の姿が目に付く
そして
若者は
主に
足のバトミントン(名前はわからない)
セパタクロー(足版バレー)
で遊んでいる
そして
一番すごかったのが
エクササイズ
急に
乗りのいい音楽がかかったと思ったら
どこからともなく
人が
わらわら
すると
全員でエクササイズ!
年齢層は
40~80ぐらい
80ぐらいのおばあちゃんは
正直ワンテンポ
いや50テンポぐらい遅れてる
それでも
エクササイズは続き
約一時間ぐらいで終了する
そんな公園で
見てて
時間を忘れるぐらい
楽しかった
ホーチミン
ちょっと
あわないなーなんて
思っていたけど
ちょっと
好きになった
段取りの悪さで
一泊しかする予定の無かった
ホーチミンに
長いこといることに
正直
ホーチミンは
昨日で見るところ
終わった 笑
今日はどうしよっかなー
なんて
思っていると
「あれ?もうしかして」
って話しかけてくれた人が
その人は
実は
カンボジアで宿が一緒だった
シュンさん
東京の人
シュンさんは
カンボジアから
ホーチミンに
入って
俺は
カンボジアから
インドネシア
そこから
ホーチミンに
入ったわけですが
いやー
なんと
偶然
また出会えたわけです
そこから
俺が
インドネシアに行った
後の
シュンさんの話を聞いて
そこから
ホーチミンを
ぶらぶら
すると
シュンさんが
「あそこの公園がやばい!」
というので行ってみたら
本当にやばい 笑
夕方ぐらいになると
やたら人が集まってくる
そして
なぜか備えつきの
シェイプアップ器具で
シェイプアップ!!
主に
中年の姿が目に付く
そして
若者は
主に
足のバトミントン(名前はわからない)
セパタクロー(足版バレー)
で遊んでいる
そして
一番すごかったのが
エクササイズ
急に
乗りのいい音楽がかかったと思ったら
どこからともなく
人が
わらわら
すると
全員でエクササイズ!
年齢層は
40~80ぐらい
80ぐらいのおばあちゃんは
正直ワンテンポ
いや50テンポぐらい遅れてる
それでも
エクササイズは続き
約一時間ぐらいで終了する
そんな公園で
見てて
時間を忘れるぐらい
楽しかった
ホーチミン
ちょっと
あわないなーなんて
思っていたけど
ちょっと
好きになった
登録:
投稿 (Atom)