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2010年4月12日月曜日

38日目 タイ→マレーシア 続・地獄列車

結局

14時間かかり

バンコクに到着

けつから

火が出続けたが

何とか

耐え抜いた

次の電車までは

六時間

バンコクでは

デモが起きているが

駅の中は

平和そのものだった

3等車が

地獄過ぎたので

次こそは

しっかりと

エアコンのついた

車両を…

と思っていたら

3等車しか空いてない!!

さすがマレー鉄道

人気路線なだけあります

仕方なしに

3等車を購入…

バンコクから

国境近くの町

ノーンカーイまでは

約17時間…

これまた

大移動

頑張ろう

今日で

約二週間

一緒に旅した

韓国人の

ソンフォンとは

お別れ

兄貴のように

優しくしてくれて

弟のように

茶目っ気たっぷりの

彼との旅は

本当に楽しかった

ベトナムで

変な親父にだまされそうになったとき

一緒に追い返したり

ラオスで

夜までいっぱい話したり

毎日一緒にビールを飲んで

健康のために一年我慢してた

コーラを解禁したら

「コーラはドラッグの一種だ」

と言いながら

その後

毎日欠かさず

コーラを三本飲み続けた

旅の中で

本当に

いい思い出ができた

カムサハムニダ

ソンフォンと分かれた後は

バンコクまでの電車で

仲良くなった

ジュン(また韓国人)と

マレーシアのペナン島まで行くことになった

疲れていた俺たちは

駅の構内で

爆睡

見た目は

完全に

ホームレスだった

そして

15:35

列車に乗り込む

昨日のシートよりは

少しだけ広い(約30cm)

最初は

案の定

熱い

熱い

また

扇風機だけの

この車両

しかも

今度は

あたってくれない

はぁー

深いため息をつきながら

ジュンと

「夜は涼しいよ」

なんて話していた





甘かった

夜は死ぬほど寒かった

もう長袖なしでは

耐えれないほど

ジュンは長袖を持っていなかったので

貸してあげ

俺は

バスタオルに包まっていた

マジで

寒い

窓閉めても

寒い



こうして夜は更けていった


もちろん

今日も

Hip Hot現象(前日の日記参照)に

悩まされている

2010年4月10日土曜日

37日目 ラオス→タイ 地獄列車

朝 

ビエンチェンにつき

そのまま

バスに乗り込み

ラオスと

タイの

国境へと

向かう

ラオスと

タイの

国境は

あまりにも

簡単に通り

メコン川にかかる

タイと

ラオスの

友好橋を

ミニバスで

駆け抜けました

その後

久々に帰ってきた

タイ

最初に

タイに

着いたときは

右も

左も

前も

後ろも

米と

麦の

違いもわからず

ただひたすらに

ものすごい

高揚感にひたっていた

帰ってきた

今は

何か

少し

余裕のような

そんな気持ちで

また

タイに

たどり着いた

こんなときに

物を盗まれたり

トラブルにあったり

するんだろうな

初心忘れるべからず

気を引き締めていこう

タイ側の

ラオスの国境の町

ノーンカーイから

バンコクまでは

電車で行くことにした

そこで

ソンフォンは言った

3等車に挑戦したい

俺の中での

合言葉に

「安いが一番」

という

言葉があった

しかし

3等車というと

ぎゅうぎゅう詰めの席に

ついてるのは

扇風機だけ

四人がけのいすに

六人ぐらい座っている

そして

とにかく

熱い!!

これが

最大の弱点である

しかし

ぼくらの

「安いが一番」

この言葉は揺るがず

そのご

メコン川沿いで

昼寝をし

エアコンのきいた

かふぇで

力を

貯え

いざ勝負!!









案の定

車内は地獄

サウナ状態

乗車している

すべての

乗客がぐったりしている

この暑さの

対策は

ただひたすら扇ぐ

床にねる

である

乗車していた

僕は

Hip Hot現象(以下:HH)

と呼ばれる体内現れる不可解な

現象が起きてしまった

HHは

三つの症状が現れる

1.昨日食ったからいラーメンのせいで血が燃えるような感覚を排便のたびに起こす

2.硬いシートのせいでお尻のポジションが定まらず極度の違和感を感じ、痛みを伴う

3.汗のせいで肛門がひりひりする

この三つが

同時に襲ってくることを

HHとよばれる

俺は

これを

出発三時間後に

発症してしまった

ここから

バンコクまで

約12時間

果たして

耐えれるのか??

36日目 ラオス レッツサイクリング



早起きして

ルアンパバーン名物の

坊さんの托鉢を見た

どんな気持ちで

現地の人は

坊さんに

ご飯をあげているんだろう

気になった

中には

なぜか

チョコバーを

あげている人もいた 笑

それから

早起きしたので

昼ねして

その後

自転車を借りて

レッツサイクリング

目指すは

地図に載っていた



最初は軽快に

飛ばしていたが

また俺の特技

方向音痴が

発症してしまった

漕げども

漕げども

たどり着かず

変な

山の上で

あきらめてしまいました 笑

帰り道

坂から下るとき

ものすごい気持ちがよかったです

しかし

高校時代の坂道のみたいに

ものすごい急でも

全然

平気だったのに

今日は

とても

怖かったです 笑

年をとったんだなー

なんて

考えていると

変な店の前にいた

若者に

ものすごい

勢いの水を

ホースでかけられました

ものすごい

運動をした後だったので

とっても

気持ちがよかったです

若者たちは

ものすごく笑っていました

ラオスで一番の

笑顔見せてもらいました

今日の夜のバスで

ビエンチェンに帰って

そのまま

マレーシアを目指します

あいつに

会うために…

2010年4月5日月曜日

35日目 ラオス メコンの夕暮れ


晩に

ラオスの古都

ルアンパバーンに到着し

今日は

一日中

散策

世界遺産にも登録されている

街なので

どんなまちなのかと

思いきや

結構何にもない

けど

どこか

懐かしい

そんな

気持ちにさせられるこの街

そして

ゆうがた

近くに売ってた

でっかい

豚串と

ビールを買い

メコン川沿いで

夕焼けを眺めながら

晩飯に

最高の贅沢の気がした

何も

考えず

ただ

ただ

きれいな

景色と

美味い飯

それとビール

日常的なことですら

幸せに感じることが出来る

多分

明日も

メコン川は

赤く染まるんだろうな
 パノラマモード使ったら

めっちゃ

きれいに撮れた

34日目 ラオス 家族

今日は

バンビエンから

ルアンパバーンに移動するために

ローカルバス待つこと

四時間

やっと来たローカルバスの



値段を聞くと



8万5千Kip



ツアーリストのバスが



10万Kip



日本円に直すと



その差150円くらい…



まぁ安いのが一番と思い



あきらめる



そのバスが



途中



休憩に入ったドライブスルーのような所で



水鉄砲をもって遊んでた女の子



その子と一緒に遊んで



写真を撮って



見せてあげた



女の子はびっくりするぐらい



喜んでくれた



すると後ろから



「カメラ、カメラ」



と言って



その子のお母さんが



妹を連れてやってきた



そして



もう一枚



パシゃリ



子ども二人も



お母さんも



その写真を見て



とっても



喜んでくれた



別に現像して



あげるわけでもないのに



とってもいい気分になって



バスに乗り



出発すると



IPodから一曲



隋喜と真田2.0/家族ゲーム



という曲がかかってきた



家族



どこへ行っても



家族の姿は



変わらないものだと思った



お母さんは



子どもをあやし



お父さんは



悪いことをしている子をしかる



一番下の子は



家族のアイドル



家族みんなで笑ってる



どの国に行っても



そんな風景を目撃する



「神様のギフトはマジビッグ



街に響く笑い声が幸導く」



そんな



Hookを聞きながら



自分の家族のことを考えていた



当たり前だけど



俺にとって



家族は



なくては



ならないもの



一生懸命働いて



みんなを養い



知識も豊富な



父さんを目標にして



毎日休まず



家のことをすべて行い



優しい母さんを尊敬し



独特な感性と



誰も持っていないような才能がある



姉をうらやましがり



俺の悪いところを指摘して



しっかりしている



兄に導いてもらい



人一倍



頑張りやの妹を見て



自分を見直す



多分この家族じゃなければ



多分俺は俺じゃない



一番影響をうけてるし



やっぱり



この家族が一番すき



最近は



ばあちゃんもいるし



犬だって二匹もいる



この曲では



子どもを授かることが



神様からのギフト



俺は



この家族に



生まれてきたことこそが



ギフト



森家は



他にないし



森家の人も



俺らだけ



数えことのできない確立から



できた



この家族が



俺は



本当に大好きなんだなって



ラオスに



ひょんとした



親子の



光景から



感じた



ありがとう



最初に参加する



家族という社会



すべてをわかるには



俺はまだ若い



けど



「もういいかい」って



いってお腹から出てきた時から



染まってきた俺というカラー



塗れるよまだまだ



人生60



いや



100まで



死ぬときには完成してるはず



20年でこんなにきれいにぬってもらえたから



そのころには



わかっているはず



ってちょっと遅いか 笑

2010年4月4日日曜日

33日目 ラオス だって…

今日は

ゆっくりおきて

ビィエンチェンを散策

特に何かあるわけではないので

みんなで

チェックアウト

もう一人の

日本の方は

もう

俺が起きたころには

バンビエンへと

発っていました 笑

俺とソンフォンも

バンビエンへと向かうことに

マレーシアの方は

一人で行動するといって

分かれた

彼は

八ヶ月で

40カ国回った

つわものだった

はなしや

写真が

とっても

楽しかった

そのご

バスターミナルに行き

バンビエン行きのバスを

探し

見つけたら

びっくりするぐらいの

オンボロっプリ!!

ローカル臭

ぷんぷんのバスに

ローカルふぇちの

俺は

一人テンションがあがっていた

そして

満員の中

バスが出発

バスの外には

素朴な風景

街の人と

ものすごく

目が合うので

手を振ってみた

笑いながら

振り返してくれた

はぁ

なんて平和なんだろう

そんな時間も

あっという間に

過ぎ

気づけばバンビエン

宿を探し

ソンフォンと二人

街を歩き

何もないと判断し 笑

今日は

早めに就寝することに

だけども



二人でのはなしが盛り上がった

中学校や

高校

大学での思い出話

自分たちが持っている

モットー

一番白熱したのが

「他の国の文化の思い込み」

俺は

テホがいたから

韓国への

偏見は

あんまりなかったが

やはり

島国

日本は

誤解がおおい

ソンフォンは

日本人は

全員

オタクだとおもっていたらしい

ソンホォンは

俺に会って

日本人のイメージが

変わったらしい

全国の

日本の

皆様

ごめんなさい 笑

でも

二人で話した結果

どこの国も

どこの人も

全くかわらない

だって

人間だもの 笑

32日目 ベトナム→ラオス ラオスまでの道のり

朝を迎えた




バスが止まっていたけれど



目の前には



ラオスの



イミグレーション



ここに



来るまでの道は



大変だった



道といっても



バスが跳ねるような道



エアコンがぶっ壊れ



温風が出てきている



しかし



止めない



運転手



窓は



開けれないようになっている



全員がぐったりしている



ソンフォンは



一睡も出来なかったと言って



頭痛に悩まされていた



同じバスに



日本の方が乗っていて



大変でしたねーと言っていた



しかし







ばっちり



10時間睡眠



隣に座っていた



アゼルバイジャンの方も



「このクソバスが!!」



と叫んでいた



どこでも寝れるのは



俺の



特技だと



思い知らされた



ラオスのイミグレーションでは



二人の日本人と



一人のマレーシア人に出会った



実は



同じバスだったと判明したが



もちろん



爆睡の俺は



知る由もなく



はじめましてでした



そうして



ラオスのイミグレーションを通過し



一同



首都



ビィエンチェンへ



そこからも



また長く



10時間バスに



揺られた



しかし



バスから眺める



景色は



また少し



他の国とは違う



不思議な雰囲気



そんな景色を眺めながら



やっとこさ



ビィエンチェンに到着!



そこで



バスが一緒だった



日本人と



マレーシア人と



ルームシェアすることに



一部屋四人で泊まることが出来た



部屋の中は



まるで



修学旅行みたいに



色んなはなしで



盛り上がった



夜は



みんなで



メコン川を



眺めながら



Lao Beerを



みんなで飲んだ



評判どうりの



美味さ



ラオスって国は



メコン川みたいに



ゆっくり



ゆっくり



時間が



流れてる

31日目 ベトナム→ラオス ブルームーンを眺めながら

今日は

ハノイを後にして

ラオスに向かう

ラオス

俺の中では

マイナーと

言わざるを得ない

全く未知の国

何があって

何が有名かわからない

とりあえず

Lao Beerが

美味いってことだけは

知っている

そんな

国へ向かうバスに乗り

ふと

空を見上げると

ブルームーンが

一月に

二回来る満月の

二回目のつきのことを

ブルームーンと言う

一月にも

同じブルームーンがあり

そのときは

沖縄で

交通量調査をしながら

社会科の直哉と

5時間ぐらい

語り合っていた

そして

二回目は

ベトナムで

ラオス行きのバスに

乗りながら

あー

不思議だ

途中

止まったと思ったら

ものすごい量の

米と

ベトナム人が

これから

ラオスの

ビィエンチェンまで

24時間…

果たして

大丈夫なのか!!

2010年3月31日水曜日

30日目 ベトナム 竜が吐き出したもの

今日は

早起きして

世界遺産である

ハロン湾に!

ここでは伝説があり

昔竜が降り立ち

外敵からここを守るために

吐き出した宝玉が

現在奇岩になって残っているということ

そこに

船で

ゆっくりとクルーズ

いい風が吹き

少し曇っていたけど

とってもいい景色

沖にある

この世のものとは思えない

サイズのでかい山が聳え立つ

なぜここにあるのか

どうしてここにできたのか

大学で

自然地理学実習でタッチューを計っていた

俺には不思議でたまりませんでした

竜が吐き出した伝説

そういわれるのも

納得の

すばらしい眺め

曇っていても十分素敵

むしろちょっと曇っているときの

太陽は好き

今もこのハロン湾には

100世帯が住んでいるらしい

ちっちゃい子どもも

大人顔負けに

ボートを漕いでいました

ハロン湾から帰ってきた後

たまたま出会った

日本人の方と屋台ビールを飲むことに

昔一年間旅をしたらしい

いろんな人に出会いながら

色んなはなしをする

旅の醍醐味を

満喫中

そんな

旅も一ヶ月経過

早いような

おそいような…

29日目 ベトナム ポッキング



ハノイに到着

そこから宿探し

結構ぐるぐる回ったが

一時間後には見つけることが出来た

そこで初

クッキング

昨日かった

電子ポッドを使って

料理

二人でポッドを使った

クッキングなので

ポッキングと名づけました

まずは

インスタントラーメンから!笑

まずは

お湯を沸かします

そこから

沸騰したら

五種類のインスタントラーメンを入れます

後は待つだけ

出来上がり!

味はいろんな味が混ざって

おいしかったです!
そこでハノイのことを調べて

ちょっと観光

屋台でビールがおいてました

ビアガーデンみたいな感じかな

そこで

まずは

一杯

夜になってから

ふと思いついた

「ポットを使ってしゃぶしゃぶができるんじゃないか…」

ソンフォンに聞いてみると

「ナイスアイディア!!」

料理好きの

ソンフォンは

しゃぶしゃぶを知っていた

そこで

二人で食材探しに

キャベツはすぐにゲットできた

豆腐もその後すぐにできた(一丁五円!)

しかし

肝心の肉が…

もうほとんど閉まってしまっていた

肉を捜し求めて

歩くこと

二時間

とうとう

見つけることができなかった…

しゃぶしゃぶは次回に持ち越しに…

28日目 ベトナム 失ったもの

今日は

またもフエを散策

しかし

あいにく今日は雨

行くとろも限られてしまう…

ちょっと

歩いていたら

がんがん

雨が降ってきた

こりゃいかん

すぐさま

近くのモールに退散

そこに

あった

スーパーマーケットを見ていると

電子ポットがおいてあった

そこで

ソンフォンに

一つ提案

俺:これ一個買ったら飯代浮くんじゃない?

ソ:!?おおそれいいアイディアだよ!

予想以上の反応 笑

しかも

ポットも安い

しかしソンフォンは

ソ:隣のガスコンロもいいなー…

と悩みだす

確かに

ガスコンロがあれば

何でも出来る

ソ:これさえあれば、サムギョプサルもチゲもできるよ!

さすが韓国人 笑

ソンフォンは

オーストラリアに

ワーキングホリデイで

一年間

シェフとして

行っていたので

その血が騒いだらしい

しかし

いかんせん

でかいし

重い…

どうするか…

二人で

一時間考えたすえ

電子ポットに決定!!

決め手は

大きくないし

軽いから

電子ポットを買って

その後

そのモールで飯を食う

安くて美味かった

そこで

ソンフォンと

韓国について

話す

俺は

韓国には二回行っているし

テホもいたから

それなりに

韓国に詳しい

それで

その話をしていると

ソ:韓国に生まれたことは満足しているけど兵役だけは嫌いだ

兵役

今まさにテホが行っている

ソ:兵役は二年間人生を失っているのと一緒だよ。いい思いでもあるけどほとんどがいやな思い出だ

ソンフォンは二十代最初の二年間を失っている

二年間を失う…

兵役の無い

日本に生まれた俺には

少しわからない

けど

テホっていう

大事な友達とすごせる

大事な二年間を

韓国の兵役に奪われたのも事実(あいつは自ら行ったけど…笑)


兵役

ソンフォンは言う

そんなもんは必要ない

ソ:今はロケットだけで人は闘わないじゃないか

確かに

もうそんな時代になってしまったな

ボタン一つで地球が

なくなっちゃうのか…

恐ろしい

今日は夜行バスで

ハノイへ

2010年3月28日日曜日

27日目 ベトナム タイガー




今日は

バスで四時間かけて

フエまで

フエでも

俺らは

ぶらりと

歩き

郊外に

そこには路上で

コーヒーを

売っている所があった

ベトナムでは

屋台で

コーヒーが売っている

そこでは

コーヒーと

コンデンスミルクをまぜた

甘甘なコーヒー

そこのおばちゃんに

やたら

シンチャオ!(こんにちわ)

といっていたら

いっぱいベトナム語を

教えてくれた

だけど

英語全然

しゃべれないから

意味は全くわからなかったけど

とっても優しいおばちゃんだった

カメラを向けたら

とっても

恥ずかしがるのがかわいかった

韓国人と

旅をしてて

恒例となったのが

あたらしい

ビールに挑戦

ということだった

いままで

二人で飲んだ

ベトナムビールが

マジで不味い

今日は

タイガーというビールに

挑戦しようということになった

この

タイガーは

東南アジアどこの国に

いっても

あるという

品物だったので

少しは信頼して

ぐびっ

ん?

まずっ!!

ソンフォンも

全く同じ

リアクション


今までで一番まずかった

フエの

街は

美しい

ライトアップされた橋を渡りながら

ソンフォンが一言

「Beautiful Blidge,Good Liver,F××××n Tiger」

Very Nice

26日目 ベトナム あ、この感じ

バスがホイアンに到着

さすがにつかれた

とりあえず

宿を探すことに

しかし

ホイアンのやどは高い

一人で泊まるには

少々値段が張ると

思っていた

うーん

仕方が無い



思っていた矢先に

ある人物に出会った

彼は

ホーチミンで

一日だけ

宿が

同じだった

韓国人

名前は

パク ソンフォン

話しかけ

ルームシェアしないかというと

快く

オーケーしてくれた

その後

ホイアンの町を

二人で

ぐるぐる

自転車を借りて

まわることに

しかし

ホイアンのまちといっても

彼はすぐに

道をはずれ

郊外に行く

でもそれは

普通の人の

生活が見れて

とっても

楽しかった

次に

彼は

地図を見て

こっち行こう

と行って

行くと

同じところに戻ってくる

次は逆の道行こうとといって

適当に行くと

また戻ってくる

その後

ここに行こうといって

地図の行き場所を言われ

付いてきな

と言われついていいって

でも行く道の感じだと

戻るな…

と思いつつ

黙っていたら

案の定

戻ってきた 笑

だけど

ごめんごめん

とくったくなく

謝るのが

憎めなかった

あれ

なんか感じたことあるわ

なんか

なつかしい



この感じ

1年前にいた

誰かさんといっしょだ

とてつもない

懐かしさに負われ

この韓国人と

ラオスまで旅することになりそうです

その後

二人でビールを飲みながら

ホイアンの夜町を歩きました

ホイアンの

夜は

とても

夏祭りのようで

気持ちのいい風が

通り抜けていました

ベトナム人に教えてもらった

面白ワード
「No Honda,No Lady」

25日目 ベトナム 移動

今日で

ホーチミンは最後

何だかんだ言って

楽しかった

特に

宿のおじさん

ありがとう

毎晩一緒にテレビ見て

楽しかったよ

そしてここから

二十四時間かけて

ホイアンまで

移動してみて

わかったけど

まだまだ

やっぱり

発展途上のところはあるんだと感じた

ホーチミンは

栄えていたけれど

一時間も

走れば

荒野が広がり



田んぼ



何も無い土地が

たくさんある

車窓から眺める景色が

どことなーく

懐かしく

どこトナーく

寂しい

24日目 ベトナム 体調不良


とうとうなってしまった

体調不良

昔から

俺は見た目と反して

体が弱い

何がいけなかったのか

おなかを壊し

頭が痛い

まぁ

排気ガスのせいにでも

しておこう

今日も

シュンさんと

約束して

ホーチミンを回ることに

しかし

俺の

ストマックは

かなり

バッドな

状態である

午前中だけで

多分五回は

行っただろう

俺の

体調不良を考慮して

シュンさんが

タクシー使うと

行ってくらたが

節約のため

歩くことに

しかし

二人とも

道を間違え

体力は

限界に近づき

バスに乗ることに

取り合えず乗ってみたら

全く違うところに

まずい…

とおもったけど

車掌さんが

次に行くところをすぐに教えてくれて

のぼりと

くだりを

間違えていたらしい

そして

なんとか

帰ってくることが出来た

そして

今日

シュンさんは

日本に帰るということで

ここで

お別れ

出会いもあれば

別れもある

これから

どれぐらい

するんだろうか?

楽しみな

反面

チョイ

さみし

23日目 ベトナム 再開

俺の得意の

段取りの悪さで

一泊しかする予定の無かった

ホーチミンに

長いこといることに

正直

ホーチミンは

昨日で見るところ

終わった 笑

今日はどうしよっかなー

なんて

思っていると

「あれ?もうしかして」

って話しかけてくれた人が

その人は

実は

カンボジアで宿が一緒だった

シュンさん

東京の人

シュンさんは

カンボジアから

ホーチミンに

入って

俺は

カンボジアから

インドネシア

そこから

ホーチミンに

入ったわけですが

いやー

なんと

偶然

また出会えたわけです

そこから

俺が

インドネシアに行った

後の

シュンさんの話を聞いて

そこから

ホーチミンを

ぶらぶら

すると

シュンさんが

「あそこの公園がやばい!」

というので行ってみたら

本当にやばい 笑

夕方ぐらいになると

やたら人が集まってくる

そして

なぜか備えつきの

シェイプアップ器具で

シェイプアップ!!

主に

中年の姿が目に付く

そして

若者は

主に

足のバトミントン(名前はわからない)

セパタクロー(足版バレー)

で遊んでいる

そして

一番すごかったのが

エクササイズ

急に

乗りのいい音楽がかかったと思ったら

どこからともなく

人が

わらわら

すると

全員でエクササイズ!

年齢層は

40~80ぐらい

80ぐらいのおばあちゃんは

正直ワンテンポ

いや50テンポぐらい遅れてる

それでも

エクササイズは続き

約一時間ぐらいで終了する

そんな公園で

見てて

時間を忘れるぐらい

楽しかった

ホーチミン

ちょっと

あわないなーなんて

思っていたけど

ちょっと

好きになった