今日は
早起きして
世界遺産である
ハロン湾に!
ここでは伝説があり
昔竜が降り立ち
外敵からここを守るために
吐き出した宝玉が
現在奇岩になって残っているということ
そこに
船で
ゆっくりとクルーズ
いい風が吹き
少し曇っていたけど
とってもいい景色
沖にある
この世のものとは思えない
サイズのでかい山が聳え立つ
なぜここにあるのか
どうしてここにできたのか
大学で
自然地理学実習でタッチューを計っていた
俺には不思議でたまりませんでした
竜が吐き出した伝説
そういわれるのも
納得の
すばらしい眺め
曇っていても十分素敵
むしろちょっと曇っているときの
太陽は好き
今もこのハロン湾には
100世帯が住んでいるらしい
ちっちゃい子どもも
大人顔負けに
ボートを漕いでいました
ハロン湾から帰ってきた後
たまたま出会った
日本人の方と屋台ビールを飲むことに
昔一年間旅をしたらしい
いろんな人に出会いながら
色んなはなしをする
旅の醍醐味を
満喫中
そんな
旅も一ヶ月経過
早いような
おそいような…
2010年3月31日水曜日
29日目 ベトナム ポッキング
朝
ハノイに到着
そこから宿探し
結構ぐるぐる回ったが
一時間後には見つけることが出来た
そこで初
クッキング
昨日かった
電子ポッドを使って
料理
二人でポッドを使った
クッキングなので
ポッキングと名づけました
まずは
インスタントラーメンから!笑
まずは
お湯を沸かします
そこから
沸騰したら
五種類のインスタントラーメンを入れます
後は待つだけ
出来上がり!
味はいろんな味が混ざって
おいしかったです!
そこでハノイのことを調べて
ちょっと観光
屋台でビールがおいてました
ビアガーデンみたいな感じかな
そこで
まずは
一杯
夜になってから
ふと思いついた
「ポットを使ってしゃぶしゃぶができるんじゃないか…」
ソンフォンに聞いてみると
「ナイスアイディア!!」
料理好きの
ソンフォンは
しゃぶしゃぶを知っていた
そこで
二人で食材探しに
キャベツはすぐにゲットできた
豆腐もその後すぐにできた(一丁五円!)
しかし
肝心の肉が…
もうほとんど閉まってしまっていた
肉を捜し求めて
歩くこと
二時間
とうとう
見つけることができなかった…
しゃぶしゃぶは次回に持ち越しに…
ハノイに到着
そこから宿探し
結構ぐるぐる回ったが
一時間後には見つけることが出来た
そこで初
クッキング
昨日かった
電子ポッドを使って
料理
二人でポッドを使った
クッキングなので
ポッキングと名づけました
まずは
インスタントラーメンから!笑
まずは
お湯を沸かします
そこから
沸騰したら
五種類のインスタントラーメンを入れます
後は待つだけ
出来上がり!
味はいろんな味が混ざって
おいしかったです!
そこでハノイのことを調べて
ちょっと観光
屋台でビールがおいてました
ビアガーデンみたいな感じかな
そこで
まずは
一杯
夜になってから
ふと思いついた
「ポットを使ってしゃぶしゃぶができるんじゃないか…」
ソンフォンに聞いてみると
「ナイスアイディア!!」
料理好きの
ソンフォンは
しゃぶしゃぶを知っていた
そこで
二人で食材探しに
キャベツはすぐにゲットできた
豆腐もその後すぐにできた(一丁五円!)
しかし
肝心の肉が…
もうほとんど閉まってしまっていた
肉を捜し求めて
歩くこと
二時間
とうとう
見つけることができなかった…
しゃぶしゃぶは次回に持ち越しに…
28日目 ベトナム 失ったもの
今日は
またもフエを散策
しかし
あいにく今日は雨
行くとろも限られてしまう…
ちょっと
歩いていたら
がんがん
雨が降ってきた
こりゃいかん
すぐさま
近くのモールに退散
そこに
あった
スーパーマーケットを見ていると
電子ポットがおいてあった
そこで
ソンフォンに
一つ提案
俺:これ一個買ったら飯代浮くんじゃない?
ソ:!?おおそれいいアイディアだよ!
予想以上の反応 笑
しかも
ポットも安い
しかしソンフォンは
ソ:隣のガスコンロもいいなー…
と悩みだす
確かに
ガスコンロがあれば
何でも出来る
ソ:これさえあれば、サムギョプサルもチゲもできるよ!
さすが韓国人 笑
ソンフォンは
オーストラリアに
ワーキングホリデイで
一年間
シェフとして
行っていたので
その血が騒いだらしい
しかし
いかんせん
でかいし
重い…
どうするか…
二人で
一時間考えたすえ
電子ポットに決定!!
決め手は
大きくないし
軽いから
電子ポットを買って
その後
そのモールで飯を食う
安くて美味かった
そこで
ソンフォンと
韓国について
話す
俺は
韓国には二回行っているし
テホもいたから
それなりに
韓国に詳しい
それで
その話をしていると
ソ:韓国に生まれたことは満足しているけど兵役だけは嫌いだ
兵役
今まさにテホが行っている
ソ:兵役は二年間人生を失っているのと一緒だよ。いい思いでもあるけどほとんどがいやな思い出だ
ソンフォンは二十代最初の二年間を失っている
二年間を失う…
兵役の無い
日本に生まれた俺には
少しわからない
けど
テホっていう
大事な友達とすごせる
大事な二年間を
韓国の兵役に奪われたのも事実(あいつは自ら行ったけど…笑)
兵役
ソンフォンは言う
そんなもんは必要ない
ソ:今はロケットだけで人は闘わないじゃないか
確かに
もうそんな時代になってしまったな
ボタン一つで地球が
なくなっちゃうのか…
恐ろしい
今日は夜行バスで
ハノイへ
またもフエを散策
しかし
あいにく今日は雨
行くとろも限られてしまう…
ちょっと
歩いていたら
がんがん
雨が降ってきた
こりゃいかん
すぐさま
近くのモールに退散
そこに
あった
スーパーマーケットを見ていると
電子ポットがおいてあった
そこで
ソンフォンに
一つ提案
俺:これ一個買ったら飯代浮くんじゃない?
ソ:!?おおそれいいアイディアだよ!
予想以上の反応 笑
しかも
ポットも安い
しかしソンフォンは
ソ:隣のガスコンロもいいなー…
と悩みだす
確かに
ガスコンロがあれば
何でも出来る
ソ:これさえあれば、サムギョプサルもチゲもできるよ!
さすが韓国人 笑
ソンフォンは
オーストラリアに
ワーキングホリデイで
一年間
シェフとして
行っていたので
その血が騒いだらしい
しかし
いかんせん
でかいし
重い…
どうするか…
二人で
一時間考えたすえ
電子ポットに決定!!
決め手は
大きくないし
軽いから
電子ポットを買って
その後
そのモールで飯を食う
安くて美味かった
そこで
ソンフォンと
韓国について
話す
俺は
韓国には二回行っているし
テホもいたから
それなりに
韓国に詳しい
それで
その話をしていると
ソ:韓国に生まれたことは満足しているけど兵役だけは嫌いだ
兵役
今まさにテホが行っている
ソ:兵役は二年間人生を失っているのと一緒だよ。いい思いでもあるけどほとんどがいやな思い出だ
ソンフォンは二十代最初の二年間を失っている
二年間を失う…
兵役の無い
日本に生まれた俺には
少しわからない
けど
テホっていう
大事な友達とすごせる
大事な二年間を
韓国の兵役に奪われたのも事実(あいつは自ら行ったけど…笑)
兵役
ソンフォンは言う
そんなもんは必要ない
ソ:今はロケットだけで人は闘わないじゃないか
確かに
もうそんな時代になってしまったな
ボタン一つで地球が
なくなっちゃうのか…
恐ろしい
今日は夜行バスで
ハノイへ
2010年3月28日日曜日
27日目 ベトナム タイガー
今日は
バスで四時間かけて
フエまで
フエでも
俺らは
ぶらりと
歩き
郊外に
そこには路上で
コーヒーを
売っている所があった
ベトナムでは
屋台で
コーヒーが売っている
そこでは
コーヒーと
コンデンスミルクをまぜた
甘甘なコーヒー
そこのおばちゃんに
やたら
シンチャオ!(こんにちわ)
といっていたら
いっぱいベトナム語を
教えてくれた
だけど
英語全然
しゃべれないから
意味は全くわからなかったけど
とっても優しいおばちゃんだった
カメラを向けたら
とっても
恥ずかしがるのがかわいかった
韓国人と
旅をしてて
恒例となったのが
あたらしい
ビールに挑戦
ということだった
いままで
二人で飲んだ
ベトナムビールが
マジで不味い
今日は
タイガーというビールに
挑戦しようということになった
この
タイガーは
東南アジアどこの国に
いっても
あるという
品物だったので
少しは信頼して
ぐびっ
ん?
まずっ!!
ソンフォンも
全く同じ
リアクション
今までで一番まずかった
フエの
街は
美しい
ライトアップされた橋を渡りながら
ソンフォンが一言
「Beautiful Blidge,Good Liver,F××××n Tiger」
Very Nice
26日目 ベトナム あ、この感じ
バスがホイアンに到着
さすがにつかれた
とりあえず
宿を探すことに
しかし
ホイアンのやどは高い
一人で泊まるには
少々値段が張ると
思っていた
うーん
仕方が無い
と
思っていた矢先に
ある人物に出会った
彼は
ホーチミンで
一日だけ
宿が
同じだった
韓国人
名前は
パク ソンフォン
話しかけ
ルームシェアしないかというと
快く
オーケーしてくれた
その後
ホイアンの町を
二人で
ぐるぐる
自転車を借りて
まわることに
しかし
ホイアンのまちといっても
彼はすぐに
道をはずれ
郊外に行く
でもそれは
普通の人の
生活が見れて
とっても
楽しかった
次に
彼は
地図を見て
こっち行こう
と行って
行くと
同じところに戻ってくる
次は逆の道行こうとといって
適当に行くと
また戻ってくる
その後
ここに行こうといって
地図の行き場所を言われ
付いてきな
と言われついていいって
でも行く道の感じだと
戻るな…
と思いつつ
黙っていたら
案の定
戻ってきた 笑
だけど
ごめんごめん
とくったくなく
謝るのが
憎めなかった
あれ
なんか感じたことあるわ
なんか
なつかしい
あ
この感じ
1年前にいた
誰かさんといっしょだ
とてつもない
懐かしさに負われ
この韓国人と
ラオスまで旅することになりそうです
その後
二人でビールを飲みながら
ホイアンの夜町を歩きました
ホイアンの
夜は
とても
夏祭りのようで
気持ちのいい風が
通り抜けていました
ベトナム人に教えてもらった
面白ワード
「No Honda,No Lady」
さすがにつかれた
とりあえず
宿を探すことに
しかし
ホイアンのやどは高い
一人で泊まるには
少々値段が張ると
思っていた
うーん
仕方が無い
と
思っていた矢先に
ある人物に出会った
彼は
ホーチミンで
一日だけ
宿が
同じだった
韓国人
名前は
パク ソンフォン
話しかけ
ルームシェアしないかというと
快く
オーケーしてくれた
その後
ホイアンの町を
二人で
ぐるぐる
自転車を借りて
まわることに
しかし
ホイアンのまちといっても
彼はすぐに
道をはずれ
郊外に行く
でもそれは
普通の人の
生活が見れて
とっても
楽しかった
次に
彼は
地図を見て
こっち行こう
と行って
行くと
同じところに戻ってくる
次は逆の道行こうとといって
適当に行くと
また戻ってくる
その後
ここに行こうといって
地図の行き場所を言われ
付いてきな
と言われついていいって
でも行く道の感じだと
戻るな…
と思いつつ
黙っていたら
案の定
戻ってきた 笑
だけど
ごめんごめん
とくったくなく
謝るのが
憎めなかった
あれ
なんか感じたことあるわ
なんか
なつかしい
あ
この感じ
1年前にいた
誰かさんといっしょだ
とてつもない
懐かしさに負われ
この韓国人と
ラオスまで旅することになりそうです
その後
二人でビールを飲みながら
ホイアンの夜町を歩きました
ホイアンの
夜は
とても
夏祭りのようで
気持ちのいい風が
通り抜けていました
ベトナム人に教えてもらった
面白ワード
「No Honda,No Lady」
25日目 ベトナム 移動
今日で
ホーチミンは最後
何だかんだ言って
楽しかった
特に
宿のおじさん
ありがとう
毎晩一緒にテレビ見て
楽しかったよ
そしてここから
二十四時間かけて
ホイアンまで
移動してみて
わかったけど
まだまだ
やっぱり
発展途上のところはあるんだと感じた
ホーチミンは
栄えていたけれど
一時間も
走れば
荒野が広がり
畑
田んぼ
川
何も無い土地が
たくさんある
車窓から眺める景色が
どことなーく
懐かしく
どこトナーく
寂しい
ホーチミンは最後
何だかんだ言って
楽しかった
特に
宿のおじさん
ありがとう
毎晩一緒にテレビ見て
楽しかったよ
そしてここから
二十四時間かけて
ホイアンまで
移動してみて
わかったけど
まだまだ
やっぱり
発展途上のところはあるんだと感じた
ホーチミンは
栄えていたけれど
一時間も
走れば
荒野が広がり
畑
田んぼ
川
何も無い土地が
たくさんある
車窓から眺める景色が
どことなーく
懐かしく
どこトナーく
寂しい
24日目 ベトナム 体調不良
とうとうなってしまった
体調不良
昔から
俺は見た目と反して
体が弱い
何がいけなかったのか
おなかを壊し
頭が痛い
まぁ
排気ガスのせいにでも
しておこう
今日も
シュンさんと
約束して
ホーチミンを回ることに
しかし
俺の
ストマックは
かなり
バッドな
状態である
午前中だけで
多分五回は
行っただろう
俺の
体調不良を考慮して
シュンさんが
タクシー使うと
行ってくらたが
節約のため
歩くことに
しかし
二人とも
道を間違え
体力は
限界に近づき
バスに乗ることに
取り合えず乗ってみたら
全く違うところに
まずい…
とおもったけど
車掌さんが
次に行くところをすぐに教えてくれて
のぼりと
くだりを
間違えていたらしい
そして
なんとか
帰ってくることが出来た
そして
今日
シュンさんは
日本に帰るということで
ここで
お別れ
出会いもあれば
別れもある
これから
どれぐらい
するんだろうか?
楽しみな
反面
チョイ
さみし
23日目 ベトナム 再開
俺の得意の
段取りの悪さで
一泊しかする予定の無かった
ホーチミンに
長いこといることに
正直
ホーチミンは
昨日で見るところ
終わった 笑
今日はどうしよっかなー
なんて
思っていると
「あれ?もうしかして」
って話しかけてくれた人が
その人は
実は
カンボジアで宿が一緒だった
シュンさん
東京の人
シュンさんは
カンボジアから
ホーチミンに
入って
俺は
カンボジアから
インドネシア
そこから
ホーチミンに
入ったわけですが
いやー
なんと
偶然
また出会えたわけです
そこから
俺が
インドネシアに行った
後の
シュンさんの話を聞いて
そこから
ホーチミンを
ぶらぶら
すると
シュンさんが
「あそこの公園がやばい!」
というので行ってみたら
本当にやばい 笑
夕方ぐらいになると
やたら人が集まってくる
そして
なぜか備えつきの
シェイプアップ器具で
シェイプアップ!!
主に
中年の姿が目に付く
そして
若者は
主に
足のバトミントン(名前はわからない)
セパタクロー(足版バレー)
で遊んでいる
そして
一番すごかったのが
エクササイズ
急に
乗りのいい音楽がかかったと思ったら
どこからともなく
人が
わらわら
すると
全員でエクササイズ!
年齢層は
40~80ぐらい
80ぐらいのおばあちゃんは
正直ワンテンポ
いや50テンポぐらい遅れてる
それでも
エクササイズは続き
約一時間ぐらいで終了する
そんな公園で
見てて
時間を忘れるぐらい
楽しかった
ホーチミン
ちょっと
あわないなーなんて
思っていたけど
ちょっと
好きになった
段取りの悪さで
一泊しかする予定の無かった
ホーチミンに
長いこといることに
正直
ホーチミンは
昨日で見るところ
終わった 笑
今日はどうしよっかなー
なんて
思っていると
「あれ?もうしかして」
って話しかけてくれた人が
その人は
実は
カンボジアで宿が一緒だった
シュンさん
東京の人
シュンさんは
カンボジアから
ホーチミンに
入って
俺は
カンボジアから
インドネシア
そこから
ホーチミンに
入ったわけですが
いやー
なんと
偶然
また出会えたわけです
そこから
俺が
インドネシアに行った
後の
シュンさんの話を聞いて
そこから
ホーチミンを
ぶらぶら
すると
シュンさんが
「あそこの公園がやばい!」
というので行ってみたら
本当にやばい 笑
夕方ぐらいになると
やたら人が集まってくる
そして
なぜか備えつきの
シェイプアップ器具で
シェイプアップ!!
主に
中年の姿が目に付く
そして
若者は
主に
足のバトミントン(名前はわからない)
セパタクロー(足版バレー)
で遊んでいる
そして
一番すごかったのが
エクササイズ
急に
乗りのいい音楽がかかったと思ったら
どこからともなく
人が
わらわら
すると
全員でエクササイズ!
年齢層は
40~80ぐらい
80ぐらいのおばあちゃんは
正直ワンテンポ
いや50テンポぐらい遅れてる
それでも
エクササイズは続き
約一時間ぐらいで終了する
そんな公園で
見てて
時間を忘れるぐらい
楽しかった
ホーチミン
ちょっと
あわないなーなんて
思っていたけど
ちょっと
好きになった
22日目 ベトナム 宿とバイクと戦争と
昨日から
泊まっている
宿
これまた
いい宿
何がそんなにいいかって
まず
おじさんをはじめとする
その家族で
経営をしている
その家族が
もれなく優しい
マジで優しい
さらにこの宿には
犬が
四匹!!
もう一度言いますよ
四匹!!
設備は
琉大の寮と
同じぐらいだけど
ぼくは即決しました
その後
ホーチミン
をぐるぐる回るために
バイクタクシーにのって
ぐーるぐる
その中でも
俺が一番行きたかったのは
「ベトナム戦争証跡博物館」
これ津堅島に同じのあった
今度探してみてください
ベトナム戦争で
何が
起こったか
それを
見に行こうと
一度入ると
そんなに大きくない
館内に
埋め尽くされた
展示の数々
その中でも
写真は
視覚がっちりと訴えてくる
ジャングルの中を進行する米軍
逃げ惑う市民
遺体をごみのように扱う兵士
枯葉剤で障害を持った子どもたち
ホルマリン漬けにされた新生児
映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」
で有名な沢田恭一をはじめとする
三人の日本人カメラマンの写真たち
戦争はいったい何が起こっていて
何が本当で
何が嘘か
俺は全く判断できない
だけど
写真は
目の前の起きたもの
そのまま映像で焼き付ける
事実
これは
変わらない
この戦争が起きた後に
ホーチミンの発展は
本当にすごいと思う
子どもたちも
世界平和望んでいる
ただ
急激な発展に伴う
惨劇も
しっかり子どもたちは
わかっているようです
その後
バイクタクシーに乗って
帰ろうとすると
運:じゃあタクシーは二万ドンね
俺:二万!?
二万ドンといえば
日本円で言うと
一万円
ちょっとだけの移動なのに
なんってこったい
今まで
インドネシアにいたせいで
頭が
のほほんとしちゃって
バイクに乗る前に
値段交渉しそこねてた…
忘れてた
そう
ここは
東南アジア
俺:(やっちまった!)
心の中でそう叫びながら
どうにか切り抜けようと
俺:今はそんなにもってないからとりあえずホテルに帰ったらあるから一回ホテルに帰ろう
といって
持ってるお金を
運転手に渡し
宿に戻る
そして
宿のおじさんとおばさんに相談
すると
お:払わなくていいここにいなさい
といさせてくれ
すると
運転手が入ってきた
すると
烈火のごとく
切れだす
おじさんとおばさん
それにひるんだ
運転手も
何か言い訳をして
帰っていった
その後に
おばさんに
よばれ
説教してくれた
「まず何事も値段をきいてから」
「ああいう悪質なドライバーがいるんだから気をつけなさい」
「あんたは日本人だから目立つのよ」
日本に出る前に
散々言われた事を
まさか
ベトナムでも言われるなんて
自分が情けなくなった
反面
しかってくれる人のありがたさを
身にしました
その後
おばちゃんは
熱いお茶をくれて
おじさんは
一緒にテレビを見て
いっぱい話をしてました
この家族がいる限り
多分
一生
ベトナム人を
嫌いにはなれないな
泊まっている
宿
これまた
いい宿
何がそんなにいいかって
まず
おじさんをはじめとする
その家族で
経営をしている
その家族が
もれなく優しい
マジで優しい
さらにこの宿には
犬が
四匹!!
もう一度言いますよ
四匹!!
設備は
琉大の寮と
同じぐらいだけど
ぼくは即決しました
その後
ホーチミン
をぐるぐる回るために
バイクタクシーにのって
ぐーるぐる
その中でも
俺が一番行きたかったのは
「ベトナム戦争証跡博物館」
これ津堅島に同じのあった
今度探してみてください
ベトナム戦争で
何が
起こったか
それを
見に行こうと
一度入ると
そんなに大きくない
館内に
埋め尽くされた
展示の数々
その中でも
写真は
視覚がっちりと訴えてくる
ジャングルの中を進行する米軍
逃げ惑う市民
遺体をごみのように扱う兵士
枯葉剤で障害を持った子どもたち
ホルマリン漬けにされた新生児
映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」
で有名な沢田恭一をはじめとする
三人の日本人カメラマンの写真たち
戦争はいったい何が起こっていて
何が本当で
何が嘘か
俺は全く判断できない
だけど
写真は
目の前の起きたもの
そのまま映像で焼き付ける
事実
これは
変わらない
この戦争が起きた後に
ホーチミンの発展は
本当にすごいと思う
子どもたちも
世界平和望んでいる
ただ
急激な発展に伴う
惨劇も
しっかり子どもたちは
わかっているようです
その後
バイクタクシーに乗って
帰ろうとすると
運:じゃあタクシーは二万ドンね
俺:二万!?
二万ドンといえば
日本円で言うと
一万円
ちょっとだけの移動なのに
なんってこったい
今まで
インドネシアにいたせいで
頭が
のほほんとしちゃって
バイクに乗る前に
値段交渉しそこねてた…
忘れてた
そう
ここは
東南アジア
俺:(やっちまった!)
心の中でそう叫びながら
どうにか切り抜けようと
俺:今はそんなにもってないからとりあえずホテルに帰ったらあるから一回ホテルに帰ろう
といって
持ってるお金を
運転手に渡し
宿に戻る
そして
宿のおじさんとおばさんに相談
すると
お:払わなくていいここにいなさい
といさせてくれ
すると
運転手が入ってきた
すると
烈火のごとく
切れだす
おじさんとおばさん
それにひるんだ
運転手も
何か言い訳をして
帰っていった
その後に
おばさんに
よばれ
説教してくれた
「まず何事も値段をきいてから」
「ああいう悪質なドライバーがいるんだから気をつけなさい」
「あんたは日本人だから目立つのよ」
日本に出る前に
散々言われた事を
まさか
ベトナムでも言われるなんて
自分が情けなくなった
反面
しかってくれる人のありがたさを
身にしました
その後
おばちゃんは
熱いお茶をくれて
おじさんは
一緒にテレビを見て
いっぱい話をしてました
この家族がいる限り
多分
一生
ベトナム人を
嫌いにはなれないな
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