今日は
スタバで朝を迎えた
昨日から
ずっと隣には
インドネシア人がいて
インドネシアの言葉とか
いろいろ教えてくれた
朝おきると
そのインドネシア人が
「俺は北京の大学に通っているから漢字を知りたい。日本の漢字教えて。」
と言ってきたので
俺の少ない知識から
漢字を搾り出して
教えた
中国の漢字と
日本の漢字は
ちょっと違う
日本の漢字は
台湾で使われている漢字らしい
これはどう書くの?
あれは?
ときかれて
その内
×××はなんていうの
でた
世界共通言語
みんな大好き
下ネタ
次から
次へと
下ネタの要求
言葉を聞いて
二人で大笑い
周りから見たら
ただの
仲良しにしか
見えないでしょうが
全くです
インドネシア人は
おれより
少し早い
飛行機だったので
ここで
お別れ
帰り際
ありがとうといって
ペンダントをくれた
その後
俺も
飛行機に
乗り
JAKARTAへ
着いてみると
東京みたいな
大都会
マリとマチャと再合流して
夜行列車に乗るため
バスに乗り込む
しかし
なかなか
出発しない
このままじゃ
電車に乗り遅れる
と思い
係員の人に問い合わせると
出発はまだまだらしい
仕方ないので
タクシーで行こうとしたら
「わかった!早く乗って!連れて行ってあげる。」
といって
バスを
予定時間より
大分早く
しゅっぱつした
おかげさまで
電車には
余裕で間に合う
インドネシア人の優しさに触れながら
目指すは
ジョグジャカルタ
世界最大の寺院
ボロブドゥールへ
2010年3月20日土曜日
2010年3月18日木曜日
12日目 カンボジア→マレーシア 空港に一泊
短かったけど充実していた
カンボジアを後にして
マレーシアに到着
全然違う
コンクリート多い!
先進国だな
同じ東南アジアなのに
すごいなー
ここでマリとマチャは先にインドネシアへ
俺は空港で一泊してから
明日インドネシアへ
昨日まで屋台で飯食ってたのに
今は
スタバで
パソコンいじってる
何か不思議…
11日目 カンボジア 来なきゃわからない
今日でカンボジアも最終日
明日には出発
ゆっくり起きて
地雷博物館へ
ここは
アキーラーさんという
日本の名前だが
カンボジアの人が一人で建てた
アキーラーさんは
今まで
約三万個の地雷を撤去してきた
未だに世界中に埋まる
何百万個とある地雷をなくしたくて
この博物館も建てたという
すごい量の地雷を
自分自身で撤去し続けてる
アキーラーさん
それは日本まで声は届いてる
命をかけての
行動に
感心しっぱなしだった
すると
今日乗った
TuKTukドライバーが
「アキーラーはあほ」
え?
なんで?
「こいつは日本とカナダの支援で地雷処理をしてるからめっちゃ金持ちなんだ」
「本とはカンボジアにもそのようなプロジェクトがあるのに」
といっていた
後はここに書けないような事もしていると…
カンボジアの人は
アキーラーさんをよく思っていない人がたくさんいるみたいだ
来なきゃ分からない
現地の声
異国の俺たちにはわからない
判断はメディアだけ
どれを信じて
どれを疑えばいいかは分からない
しかし
アキーラーさんのやっていることは
すばらしいことであることは
確かであると思う
むずかしい
その後は
昨日行った学校に
鉛筆を渡しに
先生がとってもよろこんでくれた
子どもたちは今日も
元気そうだった
そしてその後
夜のカンボジアの屋台に
屋台の飯は
めっちゃ上手い
そこの屋台のおばあちゃんが
やたら疲れていたので
話しかけてみた
あんまり
英語が通じない
覚えたクメール語を使ってみた
「シェムリアップ・リア」(こんにちわ)
違うといって発音をおしえてくれた
「オー・クン」(ありがとう)
ばぁちゃん喜ぶ
「スイ・スラーン」(美人ですね)
ばぁちゃん頬赤らめる
「クニョン・スローライ・ネッ」(アイ・ラブ・ユー)
ばぁちゃん大爆笑
そして
その後は
地球の歩きかたに書いてある
クメール語で
ばぁちゃんのクメール語講座
タイも
カンボジアも
英語で大体こと足りるけど
現地の言葉を使うと
みんな
喜んでくれる
語学をたくさん勉強したいなと思った
カンボジアまた
来たいな
カンボジア好きになった
カンボジアの人は
ちょっとお金にがめつい
けどとても陽気で
乗りもいい
話しててとっても楽しかった
たっくさん
おせわになった
だからなんか
憎めない
カンボジアの人は
おかれている状況は
本当に厳しい
ポルポト政権のときに
大虐殺があった
今の中年
母さんや父さんたちの代の人は
みんな理由もなしに殺された
だから
今のカンボジアは
中年がいない
働いてる人は
みんな若くて
仕事は二個ぐらいしていた
もしくはよぼよぼの
おばあちゃんなのに
働いていた
みんなその日生きるのに必死なのかな
夢なんてもてない
やりたいことなんかない
これしかないから
TukTukのドライバーが行っていた
ノーチョイスの世界
運がよかったら金持ち
運が悪かったら死
だけど
楽しそうに毎日すごしてた
お金にがめつい
人間
いいところ
悪いところ
たくさんあるよね
カンボジアの人は
それがちょっと
はっきり見えちゃう
ただそれだけ
ありがとう
カンボジア
楽しかったよ
「リー・ハイ」(バイバイ)
10日目 カンボジア 一期一会<俺のやりたいこと>
今日は朝から朝日を見に
池がある遺跡
スイ・スランへ
カンボジアは
とても砂ぼこりが多いせいか
空の色が
日本とは全然違います
とっても赤く染まっていくのです
そんなきれいな朝日を見て
今日もたくさんの遺跡めぐりを
アンコール遺跡群には
共通点がある
それは
物売りの子どもたちが居るということだ
それもすごい量の子どもたちが
出会った子どもは
下は6歳
上は20歳ぐらいまで
鞄
本
アクセサリー
色んなものを売ってくる
買っていたらきりが無いので
無視するのが基本だが
俺を含め
三人とも子ども好きで
物は買わないが
めちゃくちゃ話しかける
びっくりするぐらい
子どもたちは
英語が上手だ
普通に会話ができる
日本語もちょっとしゃべれる
学校には通っていない見たいだが…
商売のために覚えたのかな
遺跡の中に
タ・ケウという遺跡がある
そこは風が気持ちよく吹き抜けていて
ガチで昼寝をしていた
世界遺産で昼ね
とても最高だった
昼寝から起きたら
子どもたちが
また
物を売りにきた
すると
まちゃは折り紙を持ち歩いていて
子どもたちと一緒に
折り紙を折り始めた
子どもたちは
物を売るのをやめ
折り紙を折るのに
夢中になっていた
他にいた
子どもたちも来て
三人のカンボジアの子どもたちは
一生懸命折っていました
折り終わってその折り紙をあげると
とても喜んでいた
びっくりするぐらい
子どもたちは
純粋だった
大人顔負けに商売もしているのに
子どもは子ども
それを見れた
次に行った遺跡
プりア・カンでも
子どもたちと遊んだ
今度は
その中で女の子が
絵を描くのがすきと言うので
マリとまちゃが似顔絵を描いてもらった(なぜか俺は書いてくれなかった)
そのお返しに今度はマリが
子どもの似顔絵を書いてあげた
すると
その子は
めちゃくちゃ喜んだ
喜び方が
半端じゃなかった
その後は
その女の子と
世界遺産で鬼ごっこ
まさか世界遺産で鬼ごっこを
することになるなんて
そしてその後
その女の子ともう一人の男の子とたくさん話をした
どっちも6歳
女の子がちょこっと売ってる所を
見せてきた
「We have no money.」
俺たちがそう言うと
俺たちにお金をくれようとした
子どもは純粋
心が癒される反面
こうやって物を売ることに
どのように感じてるのだろう
つらい?
楽しい?
当たり前?
そこは聞けなかった
その後
マリは
男の子に
売り物の本を見ながら
遺跡を案内してもらっていた
ちっちゃいガイドさん
とっても可愛かった
そのときに一人の青年が
俺に話しかけてきた
名前はアレック
二十歳
日本のことを勉強をしたい
といって
俺とたくさん色んなことを話した
その中でアレックは
ア:カンボジアでは何をしたいの?
俺:実はカンボジアの学校に行きたいんだよね
ア:そうなんだ。なんで行かないの?
俺:どこにあるかわからないし、どうやっていのかもわからないんだよね
ア:だったらこの近くに俺の通っていた学校があるから今から行こう!!
俺:!!
なんていう運のよさだろう
たまたまあった人に
自分のしたいことがかなえてもらえるなんて
そして
すぐにカンボジアの学校に
アレックとアレックの友達と向かった
全然日本とは違うところの
学校風景
ちょっとShyな生徒や
ぐれてる組
元気よく遊んでる子どもたち
真面目に勉強に取り組んでいる授業中
環境が全然違うけど
子どもたちは
元気だった
俺の夢は
こんなところで先生をすること
誰かを救いたいから
ここで先生をしたいんじゃない
いろんなものを
子どもにもらいたいから
違う環境にいるこどもたちから
たくさんのことを
学びたいから
それを早くも経験できた
運がいいな
その後アレックとその友達とお別れ
明日も会いたいと言ったが
アレックは警察の仕事をしているらしい
残念だ
ア:君の事は忘れないよ、ありがとう
俺:こっちこそ
旅は出会いが大切っていうけど
そう思った
よかった
カンボジアに来て
帰りみち
商店で
鉛筆を買った
明日学校に持っていこう
ちなみにアレックとアレックの友達にまちゃは口説かれていました
池がある遺跡
スイ・スランへ
カンボジアは
とても砂ぼこりが多いせいか
空の色が
日本とは全然違います
とっても赤く染まっていくのです
そんなきれいな朝日を見て
今日もたくさんの遺跡めぐりを
アンコール遺跡群には
共通点がある
それは
物売りの子どもたちが居るということだ
それもすごい量の子どもたちが
出会った子どもは
下は6歳
上は20歳ぐらいまで
鞄
本
アクセサリー
色んなものを売ってくる
買っていたらきりが無いので
無視するのが基本だが
俺を含め
三人とも子ども好きで
物は買わないが
めちゃくちゃ話しかける
びっくりするぐらい
子どもたちは
英語が上手だ
普通に会話ができる
日本語もちょっとしゃべれる
学校には通っていない見たいだが…
商売のために覚えたのかな
遺跡の中に
タ・ケウという遺跡がある
そこは風が気持ちよく吹き抜けていて
ガチで昼寝をしていた
世界遺産で昼ね
とても最高だった
昼寝から起きたら
子どもたちが
また
物を売りにきた
すると
まちゃは折り紙を持ち歩いていて
子どもたちと一緒に
折り紙を折り始めた
子どもたちは
物を売るのをやめ
折り紙を折るのに
夢中になっていた
他にいた
子どもたちも来て
三人のカンボジアの子どもたちは
一生懸命折っていました
折り終わってその折り紙をあげると
とても喜んでいた
びっくりするぐらい
子どもたちは
純粋だった
大人顔負けに商売もしているのに
子どもは子ども
それを見れた
次に行った遺跡
プりア・カンでも
子どもたちと遊んだ
今度は
その中で女の子が
絵を描くのがすきと言うので
マリとまちゃが似顔絵を描いてもらった(なぜか俺は書いてくれなかった)
そのお返しに今度はマリが
子どもの似顔絵を書いてあげた
すると
その子は
めちゃくちゃ喜んだ
喜び方が
半端じゃなかった
その後は
その女の子と
世界遺産で鬼ごっこ
まさか世界遺産で鬼ごっこを
することになるなんて
そしてその後
その女の子ともう一人の男の子とたくさん話をした
どっちも6歳
女の子がちょこっと売ってる所を
見せてきた
「We have no money.」
俺たちがそう言うと
俺たちにお金をくれようとした
子どもは純粋
心が癒される反面
こうやって物を売ることに
どのように感じてるのだろう
つらい?
楽しい?
当たり前?
そこは聞けなかった
その後
マリは
男の子に
売り物の本を見ながら
遺跡を案内してもらっていた
ちっちゃいガイドさん
とっても可愛かった
そのときに一人の青年が
俺に話しかけてきた
名前はアレック
二十歳
日本のことを勉強をしたい
といって
俺とたくさん色んなことを話した
その中でアレックは
ア:カンボジアでは何をしたいの?
俺:実はカンボジアの学校に行きたいんだよね
ア:そうなんだ。なんで行かないの?
俺:どこにあるかわからないし、どうやっていのかもわからないんだよね
ア:だったらこの近くに俺の通っていた学校があるから今から行こう!!
俺:!!
なんていう運のよさだろう
たまたまあった人に
自分のしたいことがかなえてもらえるなんて
そして
すぐにカンボジアの学校に
アレックとアレックの友達と向かった
全然日本とは違うところの
学校風景
ちょっとShyな生徒や
ぐれてる組
元気よく遊んでる子どもたち
真面目に勉強に取り組んでいる授業中
環境が全然違うけど
子どもたちは
元気だった
俺の夢は
こんなところで先生をすること
誰かを救いたいから
ここで先生をしたいんじゃない
いろんなものを
子どもにもらいたいから
違う環境にいるこどもたちから
たくさんのことを
学びたいから
それを早くも経験できた
運がいいな
その後アレックとその友達とお別れ
明日も会いたいと言ったが
アレックは警察の仕事をしているらしい
残念だ
ア:君の事は忘れないよ、ありがとう
俺:こっちこそ
旅は出会いが大切っていうけど
そう思った
よかった
カンボジアに来て
帰りみち
商店で
鉛筆を買った
明日学校に持っていこう
ちなみにアレックとアレックの友達にまちゃは口説かれていました
9日目 カンボジア アンコール遺跡群
今日は夢だった
アンコールワットへ!!
TukTukを貸切
アンコール遺跡群のあるところへ
まずはアンコールトムの遺跡があるところへ
膨大の敷地の中にある
遺跡たちに
度肝を
抜かされた
特にバイヨンという遺跡では
驚くほどの壁画と
クメールの微笑と言われる
岩に彫られた無数の仏の顔たち
そこは見尽くすには
四時間ほどかかり
ものすごく体力を消耗した
しかし
それほどの価値のあるものばかりで
とてもおどろいた
アンコールトムの中にある遺跡たちも
どれも見ごたえのあるものばかりであった
次は
山に登って
その上に遺跡に行った
そこの遺跡は
とても高く上る階段も
びっくりするほど
急だった
しかし
そこの上から見える景色と
ついつい長居をしてしまう
そして最後に向かったのが
アンコールワット!!
あのクメール式の塔が
みえてきた
よく写真とかで見る
あの光景が!!
しかし
グリーンのシートが被ってる…
どうやら補修工事中らしい
仕方ない
しかし
それでもすごいアンコールワット!!
ラーマーヤナ
マーはーバタ
の話や
神々の戦いをモチーフにした
レリーフの数々すばらしい
保存状態のまま
ものすごく近くで見れる!!
遺跡の外からの景色も
遺跡の中のものも
すべてすばらしかった!!
帰りには夕日に映える
アンコールワットも
見ることができた!!
とてもすばらしい一日だった
明日は違う遺跡もまわる
それと朝日を見に行こう!!
八日目 タイ→カンボジア 国境越え
今日はタイから
カンボジアへの
陸路の国境越え
日本ではできない陸路の国境越えに
とてもどきどきしていた
七時間程バスにゆられと
国境付近のところへ
連れて行かれた
そこでビザの申請をしなくてはいけない
僕たちは
今日は
お金を払わなくてもいいといわれていたが
何か様子がおかしい
「ではここからのタクシー代を集めます」
ん?
そんなことは聞いていない
いろいろ聞いてみたが
「払わなくてはいけない」
といわれ
渋々払うことに
後から考えるとあれはぼったくりであった
そんな必要はなかった
次に向かったのは国境だ
そこでは
急に
200バーツを警察官に
支払えと言ってきた
何の費用だと聞いたら
アジアの人間は
スタンプを押すのに金が必要だといわれた
しかし
納得いかない俺たちは
問い詰めるが
POLICEが出てきて
200ばーつ出せといってきた
POLICEに言われたら何もできず
仕方なし200バーツを払う
どうやらこれは賄賂のようだ
次に
向かった先は
むちゃくちゃレートの悪い両替所
そこで
両替させようとしてくる
そこをスルーし
タクシーで
アンコールワットのある
シェムリアップまでタクシーを使う
二時間揺られ
宿に到着
なぜかその宿には
日本人が集められていた
しかし
とりあえずは
到着ができたので
良しとしよう
夜はマリが誕生日なので
マチャと二人で祝うことに
カンボジアで友達の誕生日を祝うとは思っていなかった
それもまた
乙ですね
明日はとうとう
アンコールワットにいける!!
楽しみだ
カンボジアへの
陸路の国境越え
日本ではできない陸路の国境越えに
とてもどきどきしていた
七時間程バスにゆられと
国境付近のところへ
連れて行かれた
そこでビザの申請をしなくてはいけない
僕たちは
今日は
お金を払わなくてもいいといわれていたが
何か様子がおかしい
「ではここからのタクシー代を集めます」
ん?
そんなことは聞いていない
いろいろ聞いてみたが
「払わなくてはいけない」
といわれ
渋々払うことに
後から考えるとあれはぼったくりであった
そんな必要はなかった
次に向かったのは国境だ
そこでは
急に
200バーツを警察官に
支払えと言ってきた
何の費用だと聞いたら
アジアの人間は
スタンプを押すのに金が必要だといわれた
しかし
納得いかない俺たちは
問い詰めるが
POLICEが出てきて
200ばーつ出せといってきた
POLICEに言われたら何もできず
仕方なし200バーツを払う
どうやらこれは賄賂のようだ
次に
向かった先は
むちゃくちゃレートの悪い両替所
そこで
両替させようとしてくる
そこをスルーし
タクシーで
アンコールワットのある
シェムリアップまでタクシーを使う
二時間揺られ
宿に到着
なぜかその宿には
日本人が集められていた
しかし
とりあえずは
到着ができたので
良しとしよう
夜はマリが誕生日なので
マチャと二人で祝うことに
カンボジアで友達の誕生日を祝うとは思っていなかった
それもまた
乙ですね
明日はとうとう
アンコールワットにいける!!
楽しみだ
2010年3月15日月曜日
七日目 タイ アユタヤ
今日は
世界遺産である
アユタヤに行った
この旅
初の
世界遺産である
青空の上に寝転がっている仏様
やたら顔のでかい仏像
あらゆる文化の取り入れられた塔の数々
どこを見ても絵になり
すばらしい建物や像ばかりだ
とくに感動したのが
木の根っこにある仏様だ
この仏がある場所には
ほかの仏像の顔は無い
戦争のときにすべて切り取られてしまったらしい
そのとき一本の木が
成長していくにつれ
根っこの方から
自然とその仏の顔がでてきたという
その神秘的な奇跡と
その街の緩やかさに
完全にやらてしまった
ガイドのおじさんもおもしろく
一緒に見て回った人たちも楽しかった
アユタヤはいいところ
また
行きたい
世界遺産を見たことで
他のものにも
すごい
期待をしてしまう
次は
カンボジアで
アンコールワット
楽しみだ
世界遺産である
アユタヤに行った
この旅
初の
世界遺産である
青空の上に寝転がっている仏様
やたら顔のでかい仏像
あらゆる文化の取り入れられた塔の数々
どこを見ても絵になり
すばらしい建物や像ばかりだ
とくに感動したのが
木の根っこにある仏様だ
この仏がある場所には
ほかの仏像の顔は無い
戦争のときにすべて切り取られてしまったらしい
そのとき一本の木が
成長していくにつれ
根っこの方から
自然とその仏の顔がでてきたという
その神秘的な奇跡と
その街の緩やかさに
完全にやらてしまった
ガイドのおじさんもおもしろく
一緒に見て回った人たちも楽しかった
アユタヤはいいところ
また
行きたい
世界遺産を見たことで
他のものにも
すごい
期待をしてしまう
次は
カンボジアで
アンコールワット
楽しみだ
タイ 六日目 やさしくするのって…
今日はやっと到着する
マリとマチャを迎えに
無事に空港で落ち合うことができ
宿へ
そして
プーサンが手配してくれたバスのチケットをもらうために
プーサンと落ち合う
プーサンは遅れて到着
この後の予定は
聞くと無いというので
一緒に飲みに行くことに
そこで聞いたプーサンの
人生
四人兄弟の末っ子に生まれたプーサンは
8歳の時 両親が離婚
養育費は父親が払っていた
しかし
15歳のころ 父親が亡くなった
プーサン以外の兄弟は
大学も出て働いていた
プーサンは
大学を行かないで働かなくてはいけなかった
ビール工場で5年間働いた後
20歳でタイ軍に入った
二年間の徴兵を終え
22歳
彼は
何もできず
ホームレスになった
駅で毎日すごし
汚い川で体を洗い
誰かがくれる少ないお金でその日を暮らしていた
その生活が二年間
そして
その後ある人に話しかけられ
ベルボーイに
その時に彼はよく書店に行っていたと言う
そこで彼は
英語の本を立ち読みし
英会話をマスターした
そして今のツアーリストを立ち上げたということだ
彼は言った
「生きてて本当によかった」
「体があれば何でもできた」
「山に住んでいる人は安全の対策を知らない」
「なにかあったら待っているのは死だけ」
「少しでも安全になるなら」
「ちょっとでも手助けしたいんだ」
涙を流しながら
語ってくれた
時に笑いながら
自分の気持ちを言ってくれた
「自分は優しいから色んなひとが頼ってくれる」
「それがとてもうれしいんだよ」
優しさってこういうことかな
よくわからないけど
いい人にあってよかった
それだけで
タイに来て
よかったな
マリとマチャを迎えに
無事に空港で落ち合うことができ
宿へ
そして
プーサンが手配してくれたバスのチケットをもらうために
プーサンと落ち合う
プーサンは遅れて到着
この後の予定は
聞くと無いというので
一緒に飲みに行くことに
そこで聞いたプーサンの
人生
四人兄弟の末っ子に生まれたプーサンは
8歳の時 両親が離婚
養育費は父親が払っていた
しかし
15歳のころ 父親が亡くなった
プーサン以外の兄弟は
大学も出て働いていた
プーサンは
大学を行かないで働かなくてはいけなかった
ビール工場で5年間働いた後
20歳でタイ軍に入った
二年間の徴兵を終え
22歳
彼は
何もできず
ホームレスになった
駅で毎日すごし
汚い川で体を洗い
誰かがくれる少ないお金でその日を暮らしていた
その生活が二年間
そして
その後ある人に話しかけられ
ベルボーイに
その時に彼はよく書店に行っていたと言う
そこで彼は
英語の本を立ち読みし
英会話をマスターした
そして今のツアーリストを立ち上げたということだ
彼は言った
「生きてて本当によかった」
「体があれば何でもできた」
「山に住んでいる人は安全の対策を知らない」
「なにかあったら待っているのは死だけ」
「少しでも安全になるなら」
「ちょっとでも手助けしたいんだ」
涙を流しながら
語ってくれた
時に笑いながら
自分の気持ちを言ってくれた
「自分は優しいから色んなひとが頼ってくれる」
「それがとてもうれしいんだよ」
優しさってこういうことかな
よくわからないけど
いい人にあってよかった
それだけで
タイに来て
よかったな
2010年3月14日日曜日
五日目 タイ ハプニング
今日も列車で朝を迎え
そのまま
ゆらゆら
すると
なぜかやたら止まるなと思ったら
バンコクに帰ってくるのに20時間かかっていた
まぁそれもご愛嬌
仕方ない
そしてその後はバンコク散策
バンコクは歩いてみると
楽しいところが
たくさんある
こっちでカードリーダーを買ってみたが
ちゃんと使えた
そのときのオカマにも
「Do you have a mobilephone?」
と聞かれた
そしてその後
北海道の友達の
まちゃとまりを迎えに行くことに
しかし
パソコンを開くと
欠航になり
次の日になるとの連絡が
いろいろな手続きが
タイでも必要だったが
プーサンが
全部やってくれた
またあした
迎えに行かなくては
四日目 タイ 異文化交流
今日は一日FREE
チェンマイの街を
歩き回った
乗り物を乗るのもいいけど
歩くと
そこに住んでいる人が
より近く
感じれるし
その生活を少しは理解できると
感じた
そして
五時間歩き回り
宿に
夕方には
電車に乗って
バンコクに帰らなければいけない
その
駅までのバスを待つ間
フロントの人と話が弾んだ
フロントの人はいわゆるLADY BOY
日本で言う
おかまだ
お金を渡すとき絶対に
引く声で
ムフムフと笑うのが特徴だ
やたら俺にかっこいいといってくる
おかまにもてた
うれしいのか
かなしいのか
そして
どんどん
話が弾むうちに
オカマがきりだしてきた
「実は今チャットしている日本人が居るの」
へーそうなんだ
「その人は48歳で」
結構年いってんな
「とてもいい人なの」
なぜわかる?
「だけど一つだけ心配していることが…」
ん?
「実はオカマっていってないの」
なに!
「日本人の人はオカマをよくおもってないんでしょ」
まぁ…
「だから怖くて…」
ガチヘこみじゃん
「だけど彼は今度の四月に来るの」
おっと!!
「どうかしら、その前に言うべきかしら?」
ぜひとも言うべきだよ嘘をつき続けられるのはつらいよ(色んな意味で)
「だけどとても怖いの」
でも言うべきだよ
「本当に…怖いの…」
タイのオカマは純粋でした
ちなみにオカマいわく
タイのオカマが美人なのは
タイの女がブスだから
だそうです
三日目 タイ チェンマイ到着
電車の中で朝を迎えた
止まった駅でやたら野良犬が
よってきた
餌をもらってるみたいだ
次の駅で
ひざを痛がっていた
おばあちゃんが降りた
ごめんなばあちゃん
次はタイ語勉強しとくわ
そして700キロの移動の末
チェンマイに到着
タイでもっとも古いと言われている古都は
何か
流れとてものんびりだ
その
モン族の村と寺に行く
モン族の村は
商売っ気たっぷりだった
けど滝の下で
水遊びをしている子供たちを見ると
とても元気で可愛かった
どの国も子供は元気だ
次に行った有名な寺
名前は忘れたが
とてもきれいだった
いろんなお祈りの仕方があり
それをガイドさんに
教えてもらいながらすべて行った
多分もう
旅は
安全に終わるでしょう
そして夜は
プーサンがサービスでつけてくれた
ディナーショーへ
ものすごい上手い料理と
民族の踊りと音楽
最高だった
多分とても
高いのだろうなと
ありがと
プーサン
とても充実した一日だったよ
二日目 タイ プーサンと出会う
朝起きて
宿をチェックアウト
バンコクから
是非とも
行ってみたいと
思っていた
チェンマイに
行くのはどうすればいいのか
全くわからなかった
そこでツーリストに聞くことに
そこでであった
プーサン割腹が良くて
日本語がぺらぺらな
タイ人は
俺を見て
「あんた昨日二時ぐらいにカオサン通り歩いていたでしょ!!俺見たよ!!」と
言って何かとすぐに手配してくれた
どうも俺が心配らしい
見た目か
あんまり考えてないの顔に書いてあるのか
やたら心配される
「お前はなにかやばそうだ」
そういってやたら心配してくる
その後
プーサンは
「これから用事あるの?」と聞かれ
特に無いよ
というと
「今度亀田と戦うボンサグレックと友達だから見に行く?」と言われ
是非行きたい!!
というとすぐに
仕事中なのに
バンコクを
バイクで
ノーヘル爆走
あるムエタイジムまで
連れて行ってくれた
そして
その後は
チェンマイ行きの電車がくるまで
一緒に
ずっと待っていてくれた
何でこんな優しくしてくれんの?
と聞くと
「何か弟できたみたいだから」
確かに
俺は
四人兄弟
三番目
次男だ
そこまでばれるとはね
プーサンには
気をつけてといわれ
そこで分かれて
電車に乗り込んだ
これから
十四時間
夜行列車のたび
向かいに座っている
おばあさんが
ずっと痛そうにひざをさすって
軟膏を塗っている
「大丈夫?」
の一言が言えず
何かもどかしい気分
ちょっとした
言葉の壁に
ぶつかった
一日目 タイ 始まり
とうとう
世界一周する日が来た。
最後の最後まで
いろんな人に
見送られての出発。
ほんとにうれしかった。
新千歳空港から
羽田へ行き。
そこからタイへ
世界一周
一カ国目
七時間の飛行の末
到着ついた時刻は
AM1:00!!
ゲストハウスとか泊まれるのか
今日は空港に居るべきか
どうすればいいのか
自問自答を繰り返し
とりあえず
行ってみよう
そう決心し
安宿が多い
カオサン通りへ
つくとそこは
明らかな異国

夜まで騒ぐ人たち
鳴り響く音楽
溢れる屋台 看板
南国の明るい空気の中
日本から来たおれは
長袖、長ズボンにバックパック
夜の二時でも
さすがに浮いた
しかし、
めげずに
宿探し
歩く
聞く
「フル」といわれる
歩く
聞く
「フル」
この繰り返し
このシーズンは
観光客で
一杯らしい
マジか
まさか
いきなり野宿…
めげそうになる
そう思った矢先に
何とか宿を
ゲット
部屋に着いたのが
もうAM4:00をまわっていた
しかし
いきなりの異国感に
旅に出たという高揚感が
一層引き立てられた
出発は
タイからで
良かったと
思った
さぁ
これから
どうなるんだろうか
楽しみで仕方がない。
世界一周する日が来た。
最後の最後まで
いろんな人に
見送られての出発。
ほんとにうれしかった。
新千歳空港から
羽田へ行き。
そこからタイへ
世界一周
一カ国目
七時間の飛行の末
到着ついた時刻は
AM1:00!!
ゲストハウスとか泊まれるのか
今日は空港に居るべきか
どうすればいいのか
自問自答を繰り返し
とりあえず
行ってみよう
そう決心し
安宿が多い
カオサン通りへ
つくとそこは
明らかな異国
夜まで騒ぐ人たち
鳴り響く音楽
溢れる屋台 看板
南国の明るい空気の中
日本から来たおれは
長袖、長ズボンにバックパック
夜の二時でも
さすがに浮いた
しかし、
めげずに
宿探し
歩く
聞く
「フル」といわれる
歩く
聞く
「フル」
この繰り返し
このシーズンは
観光客で
一杯らしい
マジか
まさか
いきなり野宿…
めげそうになる
そう思った矢先に
何とか宿を
ゲット
部屋に着いたのが
もうAM4:00をまわっていた
しかし
いきなりの異国感に
旅に出たという高揚感が
一層引き立てられた
出発は
タイからで
良かったと
思った
さぁ
これから
どうなるんだろうか
楽しみで仕方がない。
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