行った場所


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2011年2月25日金曜日

2月15日 352日目 ペルー クスコに戻って


朝早く起きて

9時何分か発の電車に乗りこんだ

帰りも電車はすこぶる快適だった

大金をかけて乗ったかいがあった

オリャンタイタンボに着き

バスに乗ってクスコに帰ってきた

クスコは居心地がよかった

一緒に行きの電車に乗った

三人組とも再会し

この日に宿に来た

ひろしさんて言う人と

一緒にクスコを周り

今日は終わった

やっぱりクスコは

とっても居心地がよかった

2月14日 351日目 ペルー 田舎町にはよくあること


今日は雨が降った

雨が降りすぎて

マチュピチュ中が停電した

昨日遺跡に行っといてよかったと

心から思った

2月13日 350日目 ペルー 世界で 一番 行きたかった


朝四時ごろ

何故か町に人が出始めた

なぜだろう

そう思って

とりあえずマチュピチュ村をフラフラし始めた

そろそろ

マチュピチュの入場券を買えるらしい

とりあえず

列に並んだ

そこで

一緒にいた人から聞いた話

マチュピチュは

隣にある山

ワイナピチュから見る景色が1番キレイらしい

なので

前の日にチケットを買って

当日に朝早くから並ぶらしい

でも

今日は天気がよさそうなので

ワイナピチュをあきらめて

マチュピチュの遺跡だけに行くことに

シャトルバスが出ているらしく

値段が高かったので

歩いていけると聞いたので

歩いていくことに

マチュピチュまでの道は

ネパールの山道を歩いたときの感じに

似ていた

調子よく

ぐんぐんぐんぐん

登っていた

一時間もしないぐらい

入り口が出てきた

とうとう

着いた

世界で一番行きたかったところ

思い起こせば

高校の時

世界史の先生と話したのが最初

資料集の紹介されていた

「天空都市マチュピチュ」

先生が

「こんな地球の裏側にある都市行くなら若い内だな」

その言葉は心に深く残った

はるか頭上にある遺跡に行くには

若いうち

絶対に行きたい

そう思い続けて

長い月日が経った

今目の前にあるのが

あのマチュピチュ

チケットを見せて

入場する

そして

一歩

一歩

近づいていく景色

そして

目の前に広がった

この景色…

とうとうココまで来たんだ…

感無量

まるでひきつけられるかのように

一時間ぐらい

ずっと眺めていた

それから

遺跡中を歩き回り

草が生えている

場所でゴロんと横になり

マチュピチュを体中で感じた

気持ちよすぎる

少し昼寝をして行こうと考えた

最高に贅沢な昼寝だ



マチュピチュに住んでいた人も

こうやって

ここら辺で

仕事したり

子ども達は遊んだりして

疲れたときは

こうやってゴロンと横になって

太陽いっぱい体に浴びて

元気に毎日を送っていたのかな??

そんな事を考えながら

1時間半程昼寝をした

起きると周りにも昼寝をしているひとが増えていた 笑

そうして

また眺めのいいところに戻り

一時間

タダ

タダ

遺跡をながめていた…

最高だ

人も増えてきて

そろそろ

帰ろうと思い

立ち上がり歩き出した

けど

出口にさしかかり

体は引っ張られるように

もう一度

遺跡が全部眺められるところに戻った

ああ

ずっとここにいたい

けど

もう帰らなくちゃ

後ろから

思いっきり肩をつかまれるよな

名残惜しそうな感覚に襲われながら

一生忘れないように

網膜に風景を焼き付けて

マチュピチュ遺跡を後にした…

2月12日 349日目 ペルー 空中都市へ


クスコの

町をぶらぶらしながら

マチュピチュの生き方を考えていた

ここクスコは

マチュピチュへの

アクセス拠点となる

一人で行くのもあれだから

誰か行く人を探していた

朝に来た

大学生三人組が

電車のチケットを買うということで

便乗することに

そうすると

出るには

二日ほど待たなくてはいけないと言われ

行くなら

今日の深夜着

ということで

急遽今日の夜に出発することに

マチュピチュでの食料を買って

宿をチェックアウト

そして

まずは

コレクティーボで

オリャンタイタンボという街まで行き

そこから

マチュピチュ行きの電車に乗る

そして

その電車が

到着したのは

夜の一時

学生さん三人は

宿を予約していたので

ここでお別れをして

俺は一人で

駅で朝を明かすことに…

2月11日 348日目 ボリビア→ペルー 最後の国



朝八時半

バスターミナルに行き

飲み物を買って

バスに乗り込もうとした

トルコで出会った

仲良し女性三人組と

15分ほどの再会をして

その後

ペルーに向けて出発

とうとう

最後の国

36各国目

もうそんなに周ってきたんだ…

少し感慨深かった

国境では

大量の人が国境を越えようと

並んでいた

日本の方も

同じバスに二人乗っていたので

話をしながら時間を潰す

ボリビア側の国境を通り

出国

そしてペルー側のイミグレーションで

入国

終わりが目の前だ

とりあえずバスの乗り込んだ

バスはあまり進まず

外の眺めると

遠くのほうに

ティティカカ湖が見えた

それを眺めるていると

眠りに落ちていた

変な夢を見た

空飛ぶバスで

日本に帰る夢

起きるととっても不思議な夢だった

そして

外を眺めると

アンデス山脈を縫うように走っていた

外の山の景色を眺めながら

夜七時ごろ

クスコに到着

心臓が千切れそうな

坂を上り

宿にチェックイン

宿から眺めた

クスコの街並は

ビックリするくらい

きれいだった

2月10日 347日目 ボリビア 後味


まだ

少し高山病が残っていると感じながら

起床

ボケーットしながら

とりあえず待ちに向って歩き出した

でも

やっぱり無理

頭がぼけっとする…

それでも昨日より大分まし

ケニア山登ったとき

こんなに高山病にならなかったのに…

多分ラ・パスにいるからだ



勝手に決めつけ

明日ペルーはクスコ行きのバスチケットを買いにいった

ボリビア短かったけど

楽しかった

ラ・パスは楽しめなかった

それは多分

ウユニがすごすぎたから…

2011年2月17日木曜日

2月9日 346日目 ボリビア ダウン

がたがた

バスに揺られ

朝早く

ボリビアの首都

ラパスに到着

本当は

これからオナガとラパスとペルーを少し周る予定だった

しかし

昨日勢いで

イースター島行きの切符を

大金をはたいて買った

それに伴い

俺ともお別れとなった

砂川も同じ飛行機なので

二人ともイースター島に

俺も行きたかった

でも金が無かった…

羨ましい

バスターミナル付近で

二人に別れを告げた

そして

一人で宿を探し始めた

この時期

ボリビアは日本人だらけだ

どの宿に行っても

絶対日本人がいる

何とか宿を見つけて

ラパスを歩いた

しかし

ここラパス

標高約3300メートル

富士山ぐらいの高地にあり

相当しんどかった

ばっちり高山病にかかり

吐き気

頭痛

ダルさの

トリプルパンチ

空気が薄いと

こんなことになるのか…



ブラジル代表が

ボリビアの高地で負けたことを思い出した

こんなところでサッカーをやってたのかよ…

ばかじゃないの…

ずっと宿のベッドで

寝ながら

イースター島に行くまでのバスのなか

うきうき気分の二人を思い

羨ましくて仕方なかった

2月8日 345日目 ボリビア スカイウォーカー


ウユニまでの道は

本当に悪路だった

道がすべて岩と言っても過言ではない

しかも

昨日今日降った雨のせいで

道が水没してるいるところも多々ある

そういう道は

避けて遠回りをするから

時間がかかる

結局予定の

朝4時から

遅れて

6時に着いた

まぁ早く疲れてもこまるから

いいのだけど

町はまだ眠ったまま

とりあえず

寒い

標高は3000メートルを

当に超えている

富士山より高い

すぐさま

近くにある鉄道駅に逃げ込んだ

何故か欧米人のばっくぱっカーが大量に野宿していた

八時ぐらいまで

本読んで待つ

昨日今日とここまで本が素晴らしいと思ったことは無い

そう思い

時間を潰し

近くのネットやへ

オナガからメッセージが入っていた

二人がともっている宿が判明

とりあえず行くことに

フロントのおばあちゃんイ経緯を説明

したいがスペイン語が出来ない俺はただの変質者だと思われた…

ばあちゃんの目を盗み

二人の部屋へ

窓をのぞくと

目が会った

二人とも

(あ、来た)

見たいなリアクション

歓迎ムードがあるわけでも無し

朝バス無かったことも

謝るわけでも無し

確かに「あるらしい」

って書いてあったから

確かに非は無い 笑

そして

「10時からツアー参加だから」

お、とうとうか

「あと夜八時のバスも予約しておいたから」

え早くね!!

まぁ確かにウユニはちっちゃい町で

見るところがあまり無いようなので

承諾

ココに来た理由はただ一つ

ウユニ塩湖の「鏡」

あの雨が降り

あがったときに

それが

塩湖に溜まった水に映り

まるで

天空を映す鏡のようだと

このために

飛ばして

うゆにまで来ました

しかし

今日の天気は

雨…

ココまではいいが

次に晴れてくれないと

困る…

とりあえず

オナガと砂川のペルー・チリの珍道中を聞く

妙に面白かった

そうやって時間が経つと

外に少しだけ

はれまが除いてきた

三人とも

(これはいけるかも)

と思い

ツアーの申し込みへ

10時の予定を

12時にずらそうとしたが

間の11時に出れると言うことで

とりあえずそれに参加することに

途中でチリ人を拾い

最初は

汽車の墓場へ

廃列車の前で

記念撮影

そして

その後

とうとう向かうは

ウユニ塩湖!!

遠くのほうに

青くなっている空が見えてくる

よく見ると

地面まで青くなっている

どんどん

どんどん

近づいていく

ウユニ塩湖の手前でジープは止まった

「屋根に上りたい人はどうぞ」

みんなで屋根に上った

そして

ジープは静かに

塩湖に入り始め

塩湖の中を進み始める

進みで行くにつれ

もうそこは

地球ではなくなった

どっちが空で

どっちが地面か

ジープが走っていることで

やっと分かるようなレベルだ

やばい!!

すごい!!

意味がわからない!!

そんな言葉しか出なかったけど

そんな言葉しか見当たらなかった

天空だ

天空を走っている

砂川は泣いた

オナガは笑みが止まらない

そうして

ウユニ塩湖の塩のホテルがあるところにつき

屋根からおり

塩湖を歩いた

そしてみんなで

写真を撮った

これ以上テンションは上がり

一生涯思い出に残るであろう

写真も撮ったが

ここは自主規制させていらだきます 笑

たくさん写真を撮り

大満足の中

ウユニ塩湖を後にすることに…

多分

今日という日を

二度と忘れる事はないだろう

景色にあそこまで感動できる日は

いつかまた来るだろうか

そして

仲良しの二人と一緒にこれたこと

これが

美しい景色を何倍もキレイなさせてくれた

誘ってくれてありがとう

移動は死ぬほど疲れたけど 笑

その後

ツーリストの所にもどり

オナガが暴走し

夜になり

夢心地のまま

ウユニを後にした

2月7日 344日目 ボリビア ウユニまでの道のり


先日

大学の同級生

オナガと

トルコでであった浦添出身の砂川から

こんなめっせーじが届いた

「僕らはウユニに行きます。ラパスから朝のバスもあるみたいです。待ってます」

ここで大事なのは

「ラパスからの朝のバスがあるみたいです」

の部分だ

空港で夜を明かした俺は

朝発の便に乗り遅れてはいけないと思い

本当ならミニバスでいけるところを

始発よりはやく出るため

約15倍の料金を払って

タクシーを利用した

朝6時半ごろ

ラパスのバスターミナルに到着

直ぐにインフォメーションにイって

ウユニに行くバスで1番早いバスの時間を聞いた

「エーと、19時です」

朝のバスねージャン…

タクシー代を返せと思った

それでもめげず

どうやったら

今日中にウユニいけるか聞いてみた

「オルーロっていう街に行けば毎時間ウユニ行きが出てるよ」

なるほど

それから30分後のオルーロ行きに乗り込み

出発

五時間後

オルーロに到着

直ぐにウユニ行きを探す

四社ぐらいあたってみた

1番時間が早い会社は

19時発

ラパスと一緒じゃねーか!!

ラパスで案内したおばちゃんに

殺意が沸いた

それを落ち着かせ

どうしようか調べる

オルーロからウユニの電車が出ているらしい

(これだ!!)

直ぐにタクシーに乗り

駅へ

生憎

12:30から14:30まで

シエスタでお休みしていた

駅の中で待つ

目の前の看板には

「Departure 15:30」

の文字が

(いけるぞ!!)

そう思い待つこと

二時間

オフィスが開いた

すぐさま駆け込み

元気よく

「ウユニ行きください!!」

返ってきた返事は

「電車は火曜日から土曜日までだ」

今の俺にとってはあまりに残酷な一言だった

てことは

19時までココに待つのか…

この町

オルーロは

ものすごくちっちゃク

ものすごく何も無い

やることも何も無い

もう

何も無い

どうするよ

こんなときこそ

ニューヨークのブックオフで買ってきた

本の出番だ

この時ほど

読書が素晴らしいと思ったことは無い

そうして

無限の時間とも思える

五時間を耐え抜き

ウユニへと

出発するのであった

2月6日 343日目 グアテマラ→ボリビア 南米突入



けい君となつみちゃんに見送られながら

空港へと向った

グアテマラシティ発

まずは

エルサルバドルで乗り換え

そして

そこから

ペルーのリマへ

そして

更に乗り換え

そして着いたのは

ボリビアの首都ラパス

つく頃には

深夜12時を周っていた

空港で

朝まで待つことに

とうとう

このたび最後の大陸

南米大陸上陸

わくわくが止まらない

2月5日 342日目 グアテマラ 近代化の波と古代からの受け継がれ


今日は

昼チョい前から

アンティグアを見て周ることに

シェラでもあった

北海道出身のなつみちゃんと

昨日宿で会った

中米のことに詳しい

けい君と一緒に行くことに

どっちも俺と同い年

アンティグアの町をぶらぶら周ると

石畳の道に

キレイな道が続く

時計台周りの道が

ここの町のハイライトだろう

とってもきれいな街並だ

でも

どこかツーリスト向けに

改築されている場所が多い気がする

昼飯に日本食を食った

うどんが死ぬほど美味かった

それから


アンティグアのマクドナルドがやばいと聞いていた

何がやばいか確かめに言った

本当にやばかった

中庭がとりあえずでかい

でかすぎる

なぜか子どもが遊ぶ遊具みたいなものも

設置されていた

もちろん

ドナルドもいた

でも

何か顔違わないか??

そして

やっぱり高いところが好きなので

十字架の丘へ

歩いている最中

けい君から中米の文化の話をたくさん教えてもらった

しかもスペイン語もぺらぺらだから

とっても尊敬する

グアテマラの地名の意味もたくさん教えてもらった

そして

話しながら

十字架の丘に到着

アンティグアの町を一望

かっこいいやまが

アンティグアの町を見下ろしている

素晴らしい

少し長いこと

いて

それから

晩飯のおかずを買いに

市場に行った

けい君がその時

「ココの人達は先住民の言葉をはなしている」

と教えてくれた

どんなに文明が進んでも

変らないものもあるのだと感じた

そういう文化消えないように

ずっと残って欲しいと

勝手ながら思った

2月4日 341日目 グアテマラ 古都アンティグア

今日

シェラから旅立ち

アンティグアに向う

アンティグアは

昔のグアテマラの首都であり

現在の首都のグアテマラシティに

遷都されるまでは

アンティグアが

首都だった

シェラから行くのは

チキンバスに乗って

チマルテナンゴで乗り換えるとか

なぜチキンバスと呼ばれるのか分からないが

一説では

鳥を運ぶのに使われてとか

他説では

鳥みたいにぎゅうぎゅう詰めに乗せられて

苦しみながら運ばれテていくからとか

僕は

後者が正しいと思います

僕が乗ったチキンバスも

そりゃー

満員にも満員過ぎる

チキンバスでした

二人がけのいすに

4-5人ですわり

その上

立ち乗りの人もいて

もう何人乗っているのか

分からない

しかも

運転が荒い

山が多いグアテマラでは

やたら遠心力がかかるので

みんな必死に絶えます

一回だけ隣に乗っているおばちゃんが

Gに耐え切れなくて

吹っ飛んできました 笑

そして

耐えること三時間ぐらい

看板に

グアテマラシティと見えてきました

ん?

グアテマラシティ

チマルテナンゴは?

車掌さんに聞くと

「んなもん通り過ぎたわ!!」

とびっくりされて

直ぐに道のど真ん中で

おろされました

そして

逆の車道に行って

バスを捕まえろと

そして

道で待つこと

30分

アンティグア行きのチキンバスが捕まり

また押し込められた

そこからアンティグアは

直ぐに着いた

有名な日本人宿

ペンション田代にチェックインし

何とか

ゆっくり出来た

2月3日 340日目 グアテマラ 高いところが好き





滞在している

シェラでは

近郊の町に

見所がたくさんあります

ても

ちょっとバスに乗っていくのは

少し億劫だったんで

歩いていける山があるということで

とりあえず行ってみようと思い

外に出てみた

しかし

どこにどう進んでいいのか

分からない

なぜならば

ココシェラは

いわずと知れた

盆地地帯

360°見渡す限り山なのです

どれを登っていいのか分からない…

でもこここはポジティブに考えて

どの道に行っても

山に登れる

という風に捕らえ

とりあえず歩き出した

山道みたいなものを発見

登ってみた

中腹で

レストランみたいなところに引っかかった

これ以上は登れない見たいだ

あたりを見渡すと

少し遠くのほうに

登れそうな山道が

とりあえず行ってみよう

こっち側は

どんどん登れそうだ

登っていくと

グアテマラのおっちゃんが

上の景色はとってもいいよ

といっている気がしたのでとりあえず

登ってみた

更に登ろうとしたけど

番犬みたいなのに

吠えられ

あわや噛まれるところなので

逃げてきた

とりあえず全景が見渡せるところまで出た

シェラの街がきれいに見渡せ

大満足だった

山と言うには

おこがまし過ぎる

丘からの風景だったけど

俺には

充分満足だった

かえって

晩飯に

煮物みたいなものを食って

タカさんの

西表島遭難事件や

北海道の夏場の重労働の話をしてくれた

とっても楽しかった

宿にいた人達の話もすごく楽しかった

でも

もう明日出発だ

2011年2月11日金曜日

2月2日 339日目 グアテマラ シェラ散策

今日は

シェラの町をぐるっと周ってみた

シェラには

実は

これといって見どころがあるわけではありません

でも

この町は

すごく活気に溢れています

そして

何より

先住民の人達が

しっかりと暮らしている

といった風合いを持っている

街並も

カラフルな外観の家が

所狭しと

ちっちゃナ路地に

これでもカってぐらいに慣れでいて

抜群の道筋が出来上がっています

そんな町を徘徊して

一日はあっという間に過ぎていきました

夜にTaka Houseのオーナー

タカさんとお話をしていると

タカさんは

沖縄と

北海道で働いていたという

沖縄は伊江島とか

波照間島などで

北海道では

富良野の近くで働いたそうな

共通点が少しあって

あるあるネタがたくさんしゃべれて

とっても楽しかった

2月1日 338日目 メキシコ→グアテマラ 謎の国

深夜3時に

ダハブが終わったというのに

朝7時には

グアテマラ行きのシャトルバスに乗らなくてはいけないという

ハードスケジュールになってしまった 笑

朝7時過ぎに

シャトルバスがやって来た

昨日一緒にオベンティックに行った

アヤコさんも

グアテマラに抜ける

居心地最高の

サンクリ&メキシコを後にした

一週間…

物足りなさ過ぎる…

バスの中では爆睡

気づくと国境に着いていた

イミグレーションでは

賄賂を取られるという噂もあったけど

難なく通過

少し待ってから

グアテマラに入国

そして目的地に向って

出発

またもや爆睡

乗り物に乗ったら

ついつい寝てしまう

途中で

俺だけ目的地が違うから

乗り換えた

違うシャトルバスに乗換えと聞いてたけど

何故か

自家用車での送迎だった 笑

そして

グアテマラ人のおじさんと

三十分ぐらいのドライブを終え

目的地

ケツァルテナンゴ(シェラ)に到着

有名なタカハウスにチェックインをして

周りのシェラの町を散策

メキシコとは

同じ中米だけど

雰囲気がちょっと違う

こっちの方が

ゆったりしてるけど

活気に溢れている

といった印象

そして

宿では

夜にシェア飯がでた

しょうが焼きなんてめちゃくちゃ久しぶりに食べた

めちゃくちゃ美味かった

1月31日 337日目 メキシコ レジスタンス

今日

サンクリの町を出る予定だったけど

居心地がいいので

もう一泊することに

同じ宿になった

北海道出身の

あやこさんと

サンクリの近くにある

「オベンティック」というちっちゃな街に行ってきた

そこでは

サパティスタ自治区と呼ばれるところで

サパティスタとは

とうもろこしなどの

小作農に関して

先住民の生活に対しての

メキシコ政府に改善を要求するために

武装蜂起をした人達のことを指します

主にサパティスタの人達は

目だし帽を被っていて

どう見ても強盗にしか見えないような格好で

素性が全く分かっていません

どんな所なのか

興味があるので

とりあえずいってみる事に

乗り合いバスに乗って

一時間ほど

オベンティック到着

サパティスタ自治区の入り口は

あまりにも簡素なもんだった

もんの向こう側には

目だし帽を被ってる人が立っていた

とりあえず話しかけてみる

何か話しかけてきた

スペイン語全然分からない

あやこさんはちょっと分かっている感じだ

適当に受け答えしていった

ここで待っててといわれ

パスポートを持っていかれた

周りには欧米の人や

アルゼンチンの人もいた

目だし帽の人がまた出てきた

なにやらスペイン語で言われた

そして帰っていった

アルゼンチンの人が

英語が少ししゃべれたので

何を言っていたか教えてくれた

どうやら

これから何時間後に入れるか分からないから

帰りたい人がいつでも帰ってもいいよ

という意味でパスポートを返してくれたらしい

近くにいたスペイン人は

前回6時間待ったらしい…

そんな不安を抱えながら

じっくり待っていると

また目だし帽が来て

もんを開けた

手招きをされた

どうやら入っていいらしい

結局待ったのは

1時間ぐらいで

そんなに待たずに入れた

入ったら

半分より向こうは

入ってはいけないと言われた

入ってはいけないといわれた方には

学校とかあったから

言ってみたかったけど仕方ない

中で写真を撮っていいと

許可された場所は

家の壁に書かれた壁画だけ

目だし帽の人は撮ってもいいといわれたけど

その他の

普通に暮らしている人達は

絶対に写真を撮ってはいけないということ

50メートルぐらいの道しか歩くことが出来ない

色んな事を質問したいけど

スペイン語が出来ない…

不完全燃焼でオベンティックを後にしなければいけなかった

暮らしている人達の事とか

収入源とか

最近の活動とか知りたかった

自分で勉強しよう

町に帰ると

オベンティック内にもお土産が売っていたけど

サンクリの方が安いので

見て周った

一個サパティスタのキーホルダーを買った

5ペソ(約35円

やす

そして夜はまたダハブゲームをやることに

夜10時から

深夜3時まで続いた

1月30日 336日目 メキシコ 高いところ


昨日のダハブの付けが

目が覚めると

もうすでに

正午を少し周ったところだった

(マジか…)

でもあんまりあせらない

時間がたくさんあるのが

旅人のいいところだなと

つくづく思った

(本当はそんなに時間は無いのだけど…)

直ぐに町に繰り出した

また町を歩くと

細い路地の向こう側に

少し小高い丘があった

その上にはどうやら

教会があるようなので

登ってみた

少し登って

振り返ってみると

サンクリの街を一望

うーん

やっぱり高いところが好きみたいです

それにしても

きれいな街並だな

そして

頂上まで

もう少し

頑張って登ると

教会が出てきた!!

そして!!

健康ゾーン!!笑

東南アジアで見た以来です

この日も

30代ぐらいの人が

携帯でムービーを撮って

楽しそうにシェイプアップをしていました

そして

少し遠出をして

でっかいショッピングセンターがあって

買出しをしてきました

あんな歴史的な街なのに

ちょっと外れると

近代的なショッピングセンターがあると思うと

とても不思議な気持ちになりました

そして

夕方ぐらいに

急に眠気が襲ってきて

またぐっすり眠ってしまいました…