とうとうワールドカップが終わった
優勝は下馬評の高かった
スペイン
決勝は応援していたけど
何か
みんなの予想通りで
面白くない
てかオランダが可愛そうだった
二位のチームが
何で
一位のチームに花道を
作ってやらないと
いけないんだ
最大の屈辱ジャン
敗者には
この権利はなし
そんな見せつけ
オランダもがんばった
スポーツの世界は
非情
いままでどんな
過程があろうとも
結果がすべて
勝たなくちゃ
2010年7月21日水曜日
7月9日 131日目 ケニア 実は…
実は
ケニアに来てから
悩ませていることがある
それは
「切れ痔」
便を排出するときに
半端じゃない
痛みと
出血
これが痛くて
クリームを塗っていたんですが
まだ
治らず
昨日
飲み薬を飲んでみることにしました
薬の作用は
「便を柔らかくする」
飲んだ
夜
おなかに激痛
トイレに駆け込む
三回繰り返す
朝起きる
まだ痛い
結局
薬は様子見に
また
肛門に
クリームを
塗ることに
自分のけつの穴に
クリームを塗る
その時
姿といったら
情けないこと
この上ないです
森亮介は
全世界の
痔の方を
応援しています
ケニアに来てから
悩ませていることがある
それは
「切れ痔」
便を排出するときに
半端じゃない
痛みと
出血
これが痛くて
クリームを塗っていたんですが
まだ
治らず
昨日
飲み薬を飲んでみることにしました
薬の作用は
「便を柔らかくする」
飲んだ
夜
おなかに激痛
トイレに駆け込む
三回繰り返す
朝起きる
まだ痛い
結局
薬は様子見に
また
肛門に
クリームを
塗ることに
自分のけつの穴に
クリームを塗る
その時
姿といったら
情けないこと
この上ないです
森亮介は
全世界の
痔の方を
応援しています
7月7日 129日目 ケニア 動物王国
今日は
ナクル国立公園に
本当はここは
一人
60ドルはらわなくてはいけないのですが
僕は
裏技を使って
安く入れました
コネバンザーイ!!
いままで
ほとんどサッカーしかしていなかった
俺には
どことっても
目に飛び込んでくるのは
ザ・アフリカ!!
な光景ばっかりです
シマウマ
インパラ
サイ
バッファロー
きりん
そして
ナクル名物
フラミンゴ
沖縄のネオパーク並の素晴らしいところでした
ここでも
サイモンさんは
ブラジルの
おばちゃんの達に振り回されていました 笑
でも
そのおかげで
おばちゃんたちも
大満足だったようです
サイモンさん
よく頑張った!!笑
俺自身も大満足で
ニゃフルルに
帰ってきました
サイモンさんも
おばちゃんたちも
オブリガート
2010年7月19日月曜日
7月6日 128日目 ケニア クレータークレーまー
今日のお昼から
サファリに連れて行ってくれるということで
ナイロビとエンブでもあった
日本語ぺらぺらのケニア人
サイモンさんと
ブラジルから
来てた
おばちゃん二人と一緒に
ナクルという街にある
国立公園に
行くことに
サイモンさんが
おばちゃん二人を案内するということで
それに
便乗させてもらう形で
着いていった訳ですが
おばちゃん二人がとても強烈でした
最初に行った場所は
クレーターで
隕石が落ちてきたという話が残っている場所で
ものすごい
規模のクレーターでした
すげー
すげー
と騒いでいると
おばちゃんが
「こんなもんか」
「もっとすごいと思っていた」
と
爆弾発言 笑
ボランティア精神で
ドライバーをしている
サイモンさんにとっては
かなりショックな言葉だったらしく
「前連れて来た日本人は喜んでくれたのにな…」
と目に見える落ち込みようだった
其の後も
おばあちゃんは
自由奔放な発言を繰り返し
あーしろだの
こーしろだの
宮沢賢治もびっくりの
注文の多い小うるさいおばさん
でした
宿に着き
おばさん達から
開放されたサイモンさんから
とりあえず飲みにいこう!
と言われ
飲みに行きました
そして
ビール片手に
サイモンさんの
流暢な日本語で
愚痴を聞きました 笑
あまりにも
可哀相だったので
ビールをおごってあげると
「イヤー森さんがいてくれてよかったです!」
どうやら
役に立ったみたいです 笑
さぁ
明日は
本番です
7月4日 126日目 ケニア ちゃんと伝える
昨日
ここの
NGOを立ち上げた人から
「君の体験を聞かせてあげて」
といわれました
天理教には
朝のお勤めがあり
そこに
ここの学校の生徒などが
来て
みんなで
お祈りをするわけですが
そこに
話をするという
場面で
名前を呼ばれ
今までの旅の経験を語らせていただきました
僕が旅した
国
タイ
カンボジア
インドネシア
ベトナム
ラオス
マレーシア
シンガポール
インド
ネパール
そして
ケニア
それぞれの国で感じた
印象や体験を
およそ40~50人の
子ども達の前で
時折
みんなに
質問を投げかけながら
30分ほど話て
最後には
応援やサポートしてくれた
「友達と家族に感謝しています」
「今僕は幸せです」
という
教科書通りの言葉で
締めました
本当にへたくそな英語で
どれだけ伝わったか
不安になっていたけど
其の後
施設内を歩いていたら
子ども達が
質問攻めをしてきました 笑
俺の話で
とっても興味を持ってくれたみたいです
日本のことも
聞かれたので
たくさん紹介してきました
何か伝えることが
こんなに楽しいこととは思わなかったです
この言葉に影響されて
外国に行きたいという気持ちが
大きくなって
国が発展する
なんて
大きな事を考えてしまいました 笑
でも
今思えば
誰かに
伝えてもらった言葉というものは
自分の人生に大きい
影響を及ぼしているとかんじた
それは
友達
家族
さらには
TV
音楽
色々
媒体はあるけれど
それが血肉となって
今のおれになっている
気がした
誰かに
何かを伝えるということ
もし
ポジティブなものを
与えれることが出来るなら
最高な仕事なんじゃないかなと感じた
結局は
自己満足な世界なんだけど
世の中は
自分が満足しながら
他人が満足するのが
やっぱり最高なんだよ
一番難しいけど
ここの
NGOを立ち上げた人から
「君の体験を聞かせてあげて」
といわれました
天理教には
朝のお勤めがあり
そこに
ここの学校の生徒などが
来て
みんなで
お祈りをするわけですが
そこに
話をするという
場面で
名前を呼ばれ
今までの旅の経験を語らせていただきました
僕が旅した
国
タイ
カンボジア
インドネシア
ベトナム
ラオス
マレーシア
シンガポール
インド
ネパール
そして
ケニア
それぞれの国で感じた
印象や体験を
およそ40~50人の
子ども達の前で
時折
みんなに
質問を投げかけながら
30分ほど話て
最後には
応援やサポートしてくれた
「友達と家族に感謝しています」
「今僕は幸せです」
という
教科書通りの言葉で
締めました
本当にへたくそな英語で
どれだけ伝わったか
不安になっていたけど
其の後
施設内を歩いていたら
子ども達が
質問攻めをしてきました 笑
俺の話で
とっても興味を持ってくれたみたいです
日本のことも
聞かれたので
たくさん紹介してきました
何か伝えることが
こんなに楽しいこととは思わなかったです
この言葉に影響されて
外国に行きたいという気持ちが
大きくなって
国が発展する
なんて
大きな事を考えてしまいました 笑
でも
今思えば
誰かに
伝えてもらった言葉というものは
自分の人生に大きい
影響を及ぼしているとかんじた
それは
友達
家族
さらには
TV
音楽
色々
媒体はあるけれど
それが血肉となって
今のおれになっている
気がした
誰かに
何かを伝えるということ
もし
ポジティブなものを
与えれることが出来るなら
最高な仕事なんじゃないかなと感じた
結局は
自己満足な世界なんだけど
世の中は
自分が満足しながら
他人が満足するのが
やっぱり最高なんだよ
一番難しいけど
7月3日 125日目 ケニア お祈り
今日は
昨日の日記にも書いたように
天理教の
お祭りが
自分も端っこの方で
ゆっくりと
眠気と戦いながら
参加しました
いつもは
自分と近い人たちとしていたので
こんな大人数の
しかも
他人
しかも
大量のケニア人と
とても不思議な感じがしました
一番面白かったのは
キリスト教徒も
ここで
話を聞きにきたり
一緒にお祈りをしたりすることでした
こうやって見ると
宗教もくそも
関係ねー
何を信じようが
自分の勝手だし
そっちの方が
ハッピーだ!!
といった感じだった
他文化と他文化が混ざり合った
しかも良いところが
とってもいいところだなと感じた
夜
みんなと飯食って
部屋の戻るとき
ふと見上げたら
なまら
星がきれいだった
夜危ないから
外には出ちゃいけない
と言われていたので
初めて
ゆっくりと
見上げた
そういえば俺は
アフリカにいるんだ
ケニアは
明かりが少ないんだな
そんなこと
ふと
思った
2010年7月13日火曜日
7月2日 124日目 ケニア エンブへ
今日は
家族総出で
エンブという街に行くことになりました
この街に行く理由は
実は
明日
日本の天理教の
ツキナミ祭と呼ばれるものに参加するために
ケニアにある天理教の教会に
行くことになりました
僕は
天理教ではないにですが
小さい頃から
天理教とは
なじみが深く
奈良の天理にも
一度行ったことがあります
なので
ケニアにそんな教会があることに驚きながら
向かったわけです
その教会があるところには
NGOの施設が作った
病院
小学校
専門学校が併設しており
ケニア人のスタッフと
日本人のボランティアで
活動されていました
ここを一からから作り上げた人は
ケニアで20年間活動し続けているそうです
続けることに
意味があるんだなーと
深く考えました
とりあえず
今日はガーナが負けてしまい
がっかりです
PKのつらさ
元GKの俺には
わかります
家族総出で
エンブという街に行くことになりました
この街に行く理由は
実は
明日
日本の天理教の
ツキナミ祭と呼ばれるものに参加するために
ケニアにある天理教の教会に
行くことになりました
僕は
天理教ではないにですが
小さい頃から
天理教とは
なじみが深く
奈良の天理にも
一度行ったことがあります
なので
ケニアにそんな教会があることに驚きながら
向かったわけです
その教会があるところには
NGOの施設が作った
病院
小学校
専門学校が併設しており
ケニア人のスタッフと
日本人のボランティアで
活動されていました
ここを一からから作り上げた人は
ケニアで20年間活動し続けているそうです
続けることに
意味があるんだなーと
深く考えました
とりあえず
今日はガーナが負けてしまい
がっかりです
PKのつらさ
元GKの俺には
わかります
2010年7月2日金曜日
7月1日 123日目 ケニア 不足?充分?
今日
昨日訪れた
学校へ
設備は整っていないとはいえ
前の学校と変わらず
子どもたちには大歓迎されて
一緒に授業をうけていました
子どもたちは前のめりに
集中して授業を受けて
先生たちは
設備の悪さを
独自の工夫で
それを補っていた
この二つの学校が行っている
授業には差がないんだと感じた
休み時間
俺の世話をしてくれた
教頭先生と校長先生と話をしていた
教頭先生は
社会科の先生で
色々な話をしてくれた
歴史がすきといって
「日本と言えば広島だね」
と言っていて
やっぱりこっちでも原爆のことを教えているんだ
そう思っていると
校長先生が
「広島はなぜ有名なの?」
という質問をされました
僕はびっくりして
「原爆が落ちたんです」
そういうと
とてもビックリしていました
「ケニアでは原爆のことは教えないんですか?」
そう質問すると
「高校では教える」
つまり義務教育ないでは
原爆のことは教えないそうだ
社会科の教科書を見てみると
ほとんどが
アフリカの地理だった
「この内容で充分?」
そう質問すると
「もちろん!たくさんあるしょ?」
アフリカに住むヒトとしては
これで充分なのだろうか?
なんで
じゃあ俺たちは
色んな国の歴史を勉強するの?
これは
充分?不足?
昨日訪れた
学校へ
設備は整っていないとはいえ
前の学校と変わらず
子どもたちには大歓迎されて
一緒に授業をうけていました
子どもたちは前のめりに
集中して授業を受けて
先生たちは
設備の悪さを
独自の工夫で
それを補っていた
この二つの学校が行っている
授業には差がないんだと感じた
休み時間
俺の世話をしてくれた
教頭先生と校長先生と話をしていた
教頭先生は
社会科の先生で
色々な話をしてくれた
歴史がすきといって
「日本と言えば広島だね」
と言っていて
やっぱりこっちでも原爆のことを教えているんだ
そう思っていると
校長先生が
「広島はなぜ有名なの?」
という質問をされました
僕はびっくりして
「原爆が落ちたんです」
そういうと
とてもビックリしていました
「ケニアでは原爆のことは教えないんですか?」
そう質問すると
「高校では教える」
つまり義務教育ないでは
原爆のことは教えないそうだ
社会科の教科書を見てみると
ほとんどが
アフリカの地理だった
「この内容で充分?」
そう質問すると
「もちろん!たくさんあるしょ?」
アフリカに住むヒトとしては
これで充分なのだろうか?
なんで
じゃあ俺たちは
色んな国の歴史を勉強するの?
これは
充分?不足?
6月30日 122日目 ケニア スラムだけどスラムじゃない けどちょっとスラム
昨日まで
通わせてもらった
学校は
それなりに
裕福な家庭のこどもたちが
通う学校でした
そして
今日
スラムだけど
スラムじゃない
だけどちょっとスラムの学校の
校長先生とお話させてもらいました
そのような
環境にあるため
学校の設備は
やはり
ひどい感じがしました
昨日と一昨日
行った学校も
日本の学校に比べたら
全然乏しいものですが
それでも良いほうだと気づかされました
校長先生は
とても優しい方で
色々おしえてくれました
ケニアでは
ティーチャーズスクールという
二年生の学校があり
それを卒業すると
先生になれます
それで
もし校長などの役職につくと
大学で学士の課程を
取りに行くそうです
学校の仕事の大半は
校長先生一人でやっており
さらに大学に通うという
過密スケジュールをこなしていました
去年卒業して今度は
修士を取りに行くそうです
すばらしい方でした
この学校にも
明日
一緒に授業を受けさせてくれることになりました
快く受け入れてくれる
先生方に
心から感謝です
通わせてもらった
学校は
それなりに
裕福な家庭のこどもたちが
通う学校でした
そして
今日
スラムだけど
スラムじゃない
だけどちょっとスラムの学校の
校長先生とお話させてもらいました
そのような
環境にあるため
学校の設備は
やはり
ひどい感じがしました
昨日と一昨日
行った学校も
日本の学校に比べたら
全然乏しいものですが
それでも良いほうだと気づかされました
校長先生は
とても優しい方で
色々おしえてくれました
ケニアでは
ティーチャーズスクールという
二年生の学校があり
それを卒業すると
先生になれます
それで
もし校長などの役職につくと
大学で学士の課程を
取りに行くそうです
学校の仕事の大半は
校長先生一人でやっており
さらに大学に通うという
過密スケジュールをこなしていました
去年卒業して今度は
修士を取りに行くそうです
すばらしい方でした
この学校にも
明日
一緒に授業を受けさせてくれることになりました
快く受け入れてくれる
先生方に
心から感謝です
6月29日 121日目 ケニア 写真
今日も
ニャンダルワスクールにお邪魔して
子どもたちに混じって
授業を受けてきました
やはり
みんなから
大歓迎を受け
今日も最高に
楽しい一日でした
しかし
誰がリークしたか
わからないが
教室にいくと
「国歌を歌って!!」
と言われまくった 笑
こっちの
体育の時間は
まさに
フリーダムでした
面白そうなので
写真を撮ろうとすると
みんな
ものすごい人数が集まってきます
集合写真みたいになってしまう 笑
一緒にとろうと思ったけど
もみくちゃにされました
今日も
たくさん遊んで楽しかった
明日は
違う学校の校長先生に会えるらしい
ニャンダルワスクールにお邪魔して
子どもたちに混じって
授業を受けてきました
やはり
みんなから
大歓迎を受け
今日も最高に
楽しい一日でした
しかし
誰がリークしたか
わからないが
教室にいくと
「国歌を歌って!!」
と言われまくった 笑
こっちの
体育の時間は
まさに
フリーダムでした
面白そうなので
写真を撮ろうとすると
みんな
ものすごい人数が集まってきます
集合写真みたいになってしまう 笑
一緒にとろうと思ったけど
もみくちゃにされました
今日も
たくさん遊んで楽しかった
明日は
違う学校の校長先生に会えるらしい
6月28日 120日目 ケニア 初登校日
今日は
ドキドキの
初登校日です 笑
この前
話をさせてもらった
ワンゴンベさんが勤めている学校
ニャンダルワスクールに
お邪魔しました
朝
登校すると
早速
朝礼があり
全校生徒が集まっていました
そして
まさかの
全校生徒の前で
つたない英語で
自己紹介
一通り
お決まりの挨拶をして
最後に
「プリーズティー地みーいんぐりっしゅあんどすわひり」
というと
爆笑と共に
拍手が起きました
笑いがとれたから
とりあえずは満足です 笑
そして
750人のケニア人の学校に入った
日本人の
僕は
注目の的
みんなにものすごく
見られます
色んな
教室に行くと
大歓迎で
「こっち座って!こっち座って!」
っとみんなにせがまれます
四年生のクラスでは
歌ってくれました
そして
変わりに何か歌って
と言われ
何も思いつかず
もじもじしていると
「じゃあ国歌歌って!!」
と言われ
君が代を
爆音できかせてやりました
みんな大喜びでした 笑
そんなこんなで
一日が終わって
子どもたちと
バイバイして
先生たちと
色んな話をして
帰ってからはいつもどおり
サッカーをしてきました
違う国の学校に行くことは
ほんとに学ぶことが多いです
でも
そんなこと抜きにしても
かわいい子どもたちと
優しい先生たちと
一緒にすごすだけで
とっても楽しいです
ドキドキの
初登校日です 笑
この前
話をさせてもらった
ワンゴンベさんが勤めている学校
ニャンダルワスクールに
お邪魔しました
朝
登校すると
早速
朝礼があり
全校生徒が集まっていました
そして
まさかの
全校生徒の前で
つたない英語で
自己紹介
一通り
お決まりの挨拶をして
最後に
「プリーズティー地みーいんぐりっしゅあんどすわひり」
というと
爆笑と共に
拍手が起きました
笑いがとれたから
とりあえずは満足です 笑
そして
750人のケニア人の学校に入った
日本人の
僕は
注目の的
みんなにものすごく
見られます
色んな
教室に行くと
大歓迎で
「こっち座って!こっち座って!」
っとみんなにせがまれます
四年生のクラスでは
歌ってくれました
そして
変わりに何か歌って
と言われ
何も思いつかず
もじもじしていると
「じゃあ国歌歌って!!」
と言われ
君が代を
爆音できかせてやりました
みんな大喜びでした 笑
そんなこんなで
一日が終わって
子どもたちと
バイバイして
先生たちと
色んな話をして
帰ってからはいつもどおり
サッカーをしてきました
違う国の学校に行くことは
ほんとに学ぶことが多いです
でも
そんなこと抜きにしても
かわいい子どもたちと
優しい先生たちと
一緒にすごすだけで
とっても楽しいです
6月27日 119日目 ケニア 自ら手繰り寄せて
ケニアでは
数年前
大統領選挙がありました
ケニアではその選挙の影響で
部族が
対立していました
ケニアでは
キクユ族という部族と
その他の部族が対立し
殺し合いや
破壊行為という
暴動が各地で行われた
ケニアの西部に
ある少年がいた
少年は小さい頃
親をエイズで亡くし
キクユ人の知り合いに
育ててもらっていた
しかし
キクユ人は
東部で主に生活している部族で
西部にいるのは
とても危ない
キクユ人の知り合いは
何の連絡も無しに
蒸発してしまった
少年は
文字通り
一文無しになり
家もなくなり
ストーリーとチルドレンになった
その頃
東部の方では
一人の日本人が
サッカーの指導をしていて
ケニアの全国紙に取り上げられた
その新聞には
してもいないのに
「恵まれない子のホストをして育てている」
というニュアンスの記事になっていた
所は戻って
西部
ストリートチルドレンになったそのこは
荷物を運んで
日銭をもらって
何とか生きていた
そのとき
ひょんと新聞を見たときに
「日本人がホストして育てている」
という記事を目にした
これだ
彼はそれから二ヶ月
彼は日銭を稼ぎ
バス代は足りなかったが
何とか交渉して
日本人の住んでいる
街へとたどり着いた
日本人のサッカー教えているところに
すごく汚い格好をした
ストリートチルドレンがやってきた
しかし
すごくきれいな英語を使っていた
ストリートチルドレンは
基本は
学校に行かないので
英語などしゃべれるわけない
話を聞くと
そういううわけであった
しかし
そこで
その話を鵜呑みにするわけにはいかない
もしかしたら
うそをついて
お金が欲しいだけの可能性がある
彼には
帰りの運賃を渡し
親の死亡診断書
そして
州の区長に
手がみを貰ってきたら
支援をしようと
約束した
それから
一週間後ぐらいに
区長から電話
「こういう子どもが来たんだがどういうこと?」
説明をすると
「わかった手紙を書いて、うちでしばらく預かろう」
そういって
しばらくすると
また日本人が住んでいる町にやってきた
そして
日本人は支援を始めた
少年は
行った学校で
いきなり勉強で一番をとり
朝3:30におきて勉強して
州で一番の高校に入った
日本人はそんな彼を
実の息子のように
支援続けているのでした
誰かを助けようと思っても
限りがある
お金
体力
その他諸々
それを選ぶのも難しいこと
だけど
実は
それは
もしかしたら
自分で手繰り寄せることができるのかも
こんな風に
数年前
大統領選挙がありました
ケニアではその選挙の影響で
部族が
対立していました
ケニアでは
キクユ族という部族と
その他の部族が対立し
殺し合いや
破壊行為という
暴動が各地で行われた
ケニアの西部に
ある少年がいた
少年は小さい頃
親をエイズで亡くし
キクユ人の知り合いに
育ててもらっていた
しかし
キクユ人は
東部で主に生活している部族で
西部にいるのは
とても危ない
キクユ人の知り合いは
何の連絡も無しに
蒸発してしまった
少年は
文字通り
一文無しになり
家もなくなり
ストーリーとチルドレンになった
その頃
東部の方では
一人の日本人が
サッカーの指導をしていて
ケニアの全国紙に取り上げられた
その新聞には
してもいないのに
「恵まれない子のホストをして育てている」
というニュアンスの記事になっていた
所は戻って
西部
ストリートチルドレンになったそのこは
荷物を運んで
日銭をもらって
何とか生きていた
そのとき
ひょんと新聞を見たときに
「日本人がホストして育てている」
という記事を目にした
これだ
彼はそれから二ヶ月
彼は日銭を稼ぎ
バス代は足りなかったが
何とか交渉して
日本人の住んでいる
街へとたどり着いた
日本人のサッカー教えているところに
すごく汚い格好をした
ストリートチルドレンがやってきた
しかし
すごくきれいな英語を使っていた
ストリートチルドレンは
基本は
学校に行かないので
英語などしゃべれるわけない
話を聞くと
そういううわけであった
しかし
そこで
その話を鵜呑みにするわけにはいかない
もしかしたら
うそをついて
お金が欲しいだけの可能性がある
彼には
帰りの運賃を渡し
親の死亡診断書
そして
州の区長に
手がみを貰ってきたら
支援をしようと
約束した
それから
一週間後ぐらいに
区長から電話
「こういう子どもが来たんだがどういうこと?」
説明をすると
「わかった手紙を書いて、うちでしばらく預かろう」
そういって
しばらくすると
また日本人が住んでいる町にやってきた
そして
日本人は支援を始めた
少年は
行った学校で
いきなり勉強で一番をとり
朝3:30におきて勉強して
州で一番の高校に入った
日本人はそんな彼を
実の息子のように
支援続けているのでした
誰かを助けようと思っても
限りがある
お金
体力
その他諸々
それを選ぶのも難しいこと
だけど
実は
それは
もしかしたら
自分で手繰り寄せることができるのかも
こんな風に
6月26日 118日目 ケニア 学校見学
今日
お世話になっている人に
お願いして
学校見学
プラス
そこの学校の先生
Mrs ワンゴンベに
インタビューというか
質問をたくさんしてきました
ワンゴンベさんは
とてもやさしくて
色んなお世話をしてくれました
そして
学校を
ぐるぐる回ると
びっくりするぐらい
子どもたちが
歓迎してくれました
外国からの人が
とても珍しいみたいで
有名人みたいな
扱いを受けました
高校の修学旅行で
韓国の女子高を訪問したときに
似てました
この学校に
月曜日
一日中お世話になることが
決まったのでよかったです
帰り
湖で
野生のかばを見ました
この町の人は
夜
かばに襲われるので
外に出ません
かばは
夜行性で
地上最強の生物らしいです
お世話になっている人に
お願いして
学校見学
プラス
そこの学校の先生
Mrs ワンゴンベに
インタビューというか
質問をたくさんしてきました
ワンゴンベさんは
とてもやさしくて
色んなお世話をしてくれました
そして
学校を
ぐるぐる回ると
びっくりするぐらい
子どもたちが
歓迎してくれました
外国からの人が
とても珍しいみたいで
有名人みたいな
扱いを受けました
高校の修学旅行で
韓国の女子高を訪問したときに
似てました
この学校に
月曜日
一日中お世話になることが
決まったのでよかったです
帰り
湖で
野生のかばを見ました
この町の人は
夜
かばに襲われるので
外に出ません
かばは
夜行性で
地上最強の生物らしいです
2010年6月25日金曜日
6月24日 116日目 ケニア 日本ばんざい!!
今日も
サッカーをしに行って
帰ってきて
楽しみにしていた
日本対デンマーク戦だ!!
なんて思っていたら
ここは
アフリカ
カメルーン対オランダ戦を放送しやがった
どうしても日本戦の結果を知りたい
俺たちは
インターネットの
テキスト実況で見ることに
それと
スワヒリ語のラジオ放送を聴いて
何とか把握することに
とりあえず
カメルーン対オランダ戦を見ることに
…
…
…
…
…
つまらん
まじでつまらん
テキストに出てくる
日本の動向のほうが
百倍興奮するわ!!
何じゃこの試合は!!
2チームとも
グループリーグ敗退だ!!
でも
オランダはもう突破を決めているので
なんとも言えん
日本は
前半で二点リード
…
…
見たいわ
でも
見るすべもなく
俺は
パソコン上の
文字を読むだけだった
しかも
パソコンも
止まったり動いたり
…
もう
勘弁して
そんなこんなで
試合終了
オランダ対カメルーンは
2-1
そうでもよかった
日本対デンマークは
3-1
ということは
日本は
グループリーグ突破!!
ばんざーい
明日
街中に自慢しよ!
6月23日 115日目 ケニア 生活スタイル
朝
のんびりして
夕方からサッカー
というスタイルが
だんだん根付いてきました
今日は
今いる
街の
唯一の観光すぽっつ
滝を見に行きました
意外と絶景
恒常的に
虹がかかってました
一緒に言った
ケニア人も
はしゃいでました
滝つぼのところまでいけるけど
今は強盗が多いということで
やめました
忘れちゃいけない
ここはケニア
しかし
筋肉痛が
なかなか取れない
のんびりして
夕方からサッカー
というスタイルが
だんだん根付いてきました
今日は
今いる
街の
唯一の観光すぽっつ
滝を見に行きました
意外と絶景
恒常的に
虹がかかってました
一緒に言った
ケニア人も
はしゃいでました
滝つぼのところまでいけるけど
今は強盗が多いということで
やめました
忘れちゃいけない
ここはケニア
しかし
筋肉痛が
なかなか取れない
6月22日 114日目 ケニア 赤白黄色黒異人さんの街 きれいに育て混血の子
どこの国に行っても
子どもはめんこいです
ケニアの子どもたちは
俺を見ると
すごい興味を持ってくれて
ニコニコ近づいてきます
写真を撮ってあげて
見せると
食い入るように見ます
それがまためんこいです
何かしゃべりかけられて
分かんないから
日本語で話しかけると
きゃっきゃっ喜ぶ(バカにされているのかも 笑)
僕がお世話になっている家族にも
赤ちゃんがいます
日本人とケニア人のダブルです
これがまた
なまらめんこいです
今はこの子に
好かれようと
必死です
子どもはあっという間におおきくなるね
日本であったのは四ヶ月前で
生まれたばっかりだったのに
今はもうこんなに大きくなって…
同級生の子どもはどうなってるんだろう?
会う頃にはびっくりするぐらい
成長してるんだろうなー
日本で
最後に見送ってくれた
いとこのこどもも
また大きくなってるんだろうなー
日本に帰ったときの
楽しみの一つ
今日もサッカー
行こっと
子どもはめんこいです
ケニアの子どもたちは
俺を見ると
すごい興味を持ってくれて
ニコニコ近づいてきます
写真を撮ってあげて
見せると
食い入るように見ます
それがまためんこいです
何かしゃべりかけられて
分かんないから
日本語で話しかけると
きゃっきゃっ喜ぶ(バカにされているのかも 笑)
僕がお世話になっている家族にも
赤ちゃんがいます
日本人とケニア人のダブルです
これがまた
なまらめんこいです
今はこの子に
好かれようと
必死です
子どもはあっという間におおきくなるね
日本であったのは四ヶ月前で
生まれたばっかりだったのに
今はもうこんなに大きくなって…
同級生の子どもはどうなってるんだろう?
会う頃にはびっくりするぐらい
成長してるんだろうなー
日本で
最後に見送ってくれた
いとこのこどもも
また大きくなってるんだろうなー
日本に帰ったときの
楽しみの一つ
今日もサッカー
行こっと
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