行った場所


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2010年12月8日水曜日

11月25日 270日目 イタリア→ヴァチカン→イタリア 世界一小さい国



今日は

朝から

ローマ市内にある

世界一小さい国

ヴァチカン市国に行ってきた

ヴァチカンの見所は

サン・ピエトロ大聖堂があります

ここは建築に

ラファエロや

ミケランジェロが建築に関わっており

建物がとっても立派なわけですが

この建物の建築費は

免罪符を信者に売りつけることにより

調達したわけですが

それがルターの宗教改革に繋がったわけですが

さすが欲の塊

そとから中まで

とってもキレイです

次に行ったのは

ヴァチカン博物館

ここはヴァチカンにゆかりの深い人達のコレクションがありますが

仲間でもすごかったのが

「ラファエロの間」

ここはラファエロが

絵を書き続けた部屋があるのですが

四つの部屋が

丸々

ラファエロのキャンバスとなっていました

特に有名なのが

アテネの学堂

あらゆる偉人を絵の中に書き込んで

自分も登場させていました

自分は端っこで

とっても控えめに描かれました

そのでかさと

キレイさに

タダただ感動でした

そしてヴァチカンを出て

パンテオンを見て

真実の口に手を突っ込んで来ました

そして

また

ローマにこれますようにと

トレビの泉に

後ろ向きで

コインを投げ込んできました(貧乏性なので1セントだけ)

また帰ってこれるかな

あるだけで世界遺産の街を後にして

次の街へ

11月24日 269日目 ドイツ→イタリア ボンジョルノイタリア



早起きして

ケルン・ボン空港へとむかう

今までヨーロッパは陸路で来ていましたが

ここでは飛行機を使うことにしました

値段もそんなに変わらないし

次にフランスに向かうには

ミラノから飛行機を使うのが良さそうだったんで

そういうプランにいたしました

久々の飛行機の移動は

とっても快適でした

バスや電車で行くと

一日がかりの

大仕事になるところ

飛行機だと二時間でスモンね

いやー文明の偉大さを感じますわー

そして着いたのは

イタリアはローマ!!

「ローマは一日にして成らず」

「すべての道はローマに通ず」

など数ある名言を生み出した場所

そんなローマにとうとう来てしまったわけですが

着いて早々

雨 笑

僕らは雨天の防具は全く持っておらず

いつも苦労していますが

今日はそんな日に

キレイな虹が

コロッセオの上にかかってました!!

ラッキー

でも残念ながらでディアボロはいませんでした(ジョジョの奇妙な冒険第五部参照)

そして

直ぐ近くのフォロ・ロマーノを見て

何とか何世のでっかい建物を見たら

日が暮れてきて

直ぐに

ローマの休日の有名な場所

スペイン広場に

そして

トレビの泉を見てきました

移動から直ぐの観光だったので

ちょっぴり疲れた

11月23日 268日目 ドイツ さよならドイツ

今日も

大聖堂を見に

散歩

今日も

大聖堂はでかかったです 笑

そんな大聖堂の塔に登ってきました

螺旋階段を

ぐるぐる

周りながら登り続けます

さすが

100メートル越えしているだけあって

疲れます

いつたどり着くんだろう

と思いながら登っていくと

ポンッと

出てきました

頂上!!

たけー

ケルンの全体を見渡せます

ケルンは大都会でした

そして

一度は宿に戻り

夜は

ライトアップされた

大聖堂を見に

対岸の方へ

橋と一緒に

写った大聖堂は

とってもキレイでした

その後

クリスマーケットで賑わう街を

するすると抜けて

宿へと帰るのでした

11月22日 267日目 ドイツ 大大大聖堂

昨日の夜

ケルンに入って

ここで

少しゆっくりしたら

イタリアに向かいます

ここケルンの見所は

なんといっても

大聖堂!!

100何めーとるか忘れましたが

とりあえず

でかい!!

ゴシック様式の教会としては

異例のでかさであり

オナガは

高校のとき

世界史の資料集で見て以来

憧れの場所らしいです

オナガは

やたらテンション上がっていました

それにしても

とっても

見ごたえがある建物です

でかすぎて

全景を捉えるために

相当離れなければなりませんでした

しかし

そんなケルンには欠点が…

それは

見所がここしかない 笑

他に見るものがないので

とりあえず

ぶらぶらすることに

そして日が暮れてきて

歩いていると

街中は

クリスマスマーケットがやっていました

街は賑わいを見せ

師走へと加速していくようで

自分の旅も

加速していくような

そんな

気持ちに

11月21日 266日目 ベルギー→ドイツ 忍



ブルージュから

首都のブリュッセルに移動することに

ブルージュからは

電車に乗ったら

直ぐに着いた

ブリュッセルには

世界一美しいと呼ばれる広場があったり

EUの本部があったりと

街並とっても重要な遺産であるのですが

ここでは

やっぱり

小便小僧

世界三大がっかり名所のひとつ

どれだけがっかりするか

期待していたら

期待通りのがっかりで

逆に嬉しくて

よくわからなかったです 笑

用を足している時の

彼の顔は

清々しかったです 笑

それと

やっぱり

ベルギーワッフルは食べておかなきゃ損かなって思って

食べることにしました

食べてみると

外はカリッ

中はふわっと

とっても美味でございました

そんなこんなで

見所を見ていると

直ぐに

ブリュッセル観光は終了してしまって

やることが無くなった

大都会ブリュッセル

やっぱり少し肌に合わないか

次の街

ケルンに向かうために

バスに乗った

そのバスの中で

後ろの子ども達が

俺らのいすを蹴ったり

紙ふぶきを投げつけられ

ポテトチップスのカスも舞い落ちてきました

さすがにそのかすを拾って

子ども達にお返ししてやりました

近くに親もいたけど

全く注意しませんでした

怒らないのは優しさではありませんよ

それに耐えること

3時間

ドイツはケルンに到着

今まで1番きつい移動になったけど

ケルン大聖堂が

優しく出迎えてくれました

11月20日 265日目 ベルギー 天井の無い博物館

泊っている

ブルージュでは

その街並が

まるで

中世のヨーロッパにタイムスリップしたような

そんな感覚に襲われる

街並です

街の中は

水路があって

そこの端には

赤屋根の

教会やお店が

並んでいました

そして

ベルギーで有名なものは

ワッフルと

チョコ!!

でも

甘いものが苦手な僕は

少し遠慮させてもらいました 笑

オナガは

高級チョコ

Godivaの誘惑に

負けそうになっていました

街は

少しづつ

クリスマスの雰囲気が出来つつありました

11月19日 264日目 オランダ→ベルギー 先進国言えども



ベルギーに先にオナガには行ってもらって

僕はパスポートを取りに行くことに

でも

出来るかどうかは

午後にわかるので

それまでは

すこし

アムステルダム観光

行ってきたのは

「アンネ・フランクの家」

ユダヤ人である彼女は

ナチスの

ホロコーストから逃れるため

ずっと家にかくれ住んでいた

その当時の家を

博物館になっているわけですが

まるで

人間扱いされていないような条件で

長い間住むはめに

そして

誰かの密告により

結局は

収容所送りになるのです…

アンネの家を見ていたら

アンネの言葉の中に

「私の夢はジャーナリストになることです」

という一文を見つけました

ジャーナリスト

彼女は

日記を書くことによって

世界中の人達に

戦争の悲惨さが伝わることとなりました

彼女は立派なジャーナリストです

でも亡くなってしまった



彼女はこの状況を

どう思っているのか

悔しい?

嬉しい?

それは誰にも

もう

わからない

アンネの家を見た後は

日本大使館からの連絡を

宿で待つことに

1時ぐらいには

連絡が来るはずが

二時を過ぎても

まだ来ず

明後日電話をしにいくと

電話番号を間違えて

FAXを記録していて

いくらかけても

「ピーガガガガガガ」

あせりにあせって

メールを送ったところ

直ぐに返信が

「パスポートの方が出来上がっています」

ダッシュで駅に向かい

電車に飛び乗り

デンハーグに向かい

着いた共にダッシュ!!

そして日本大使館に着いたときは

閉館10分前

間一髪!!

パスポートは無事に受け取ることが出来た!!

大使館の方から

「これからも安全に旅をお続けください」

と優しい言葉をいただけました

まだ旅をつづけられる

一時はどうなるかと思ったけど

ほっと一息

もう絶対に失くさない!!

そしてデンハーグからまっすぐ

ベルギーのブルージュに向かう

三回の乗り換えと

満員電車により

疲れがピークに達していたところ

ベルギーのアントワープで

駅のホームが代わったと言われ

ダッシュでそこのホームに行ったら

ここには来ないといわれ

次の駅に移動して乗り換えました

ここはインドかと思いました 笑

そんなこんなで

ブルージュに到着し

宿の前で待っていてくれたオナガと合流し

なんとか落ち着けたのでした

11月18日 263日目 オランダ パスポート発行までの道のり

今日は

朝早く起き

警察署へ

そして

ポリスリポートを作ってもらうことに

パスポートのコピーを持っていない僕は

最初受付にいた

おばちゃんには

つっけんどんに放り出され

気まずい感じになっていると

次に来てくれた

オランダ代表デ・ヨング似の兄ちゃんが

優しく対応してくれました

そして

ポリスレポートを手に入れた僕は

汽車に乗り

デン・ハーグへ

ここオランダでは

首都はアムステルダムだが

なぜか

大体の政府機関は

デン・ハーグに集合している

一時間ほどの移動の結果

デンハーグに到着し

日本大使館へ

そして

即記入!!

提出!!

そして1番気になっているのは

いつ出来上がるのか…

ベルギーの宿も予約したし

一週間後には

ケルンからのフライトもある…

大丈夫かな…

そんな思いを張り巡らせ

恐る恐る

問いただしてみました

「あのー何日ぐらいで…」

「そうですね早ければ明日の午後ですね」

!!??

早っ!!

「しかしですね、身分証明が出来ませんので家族の方に戸籍謄本を送ってもらってください」

「わかりました」

その後

わざわざ大使館の方が電話をかけてくれました

そして

お母さんは快諾してくれました

大使館の方とお母さんの優しさに脱帽です

僕は

世界一周なんてしてますが

親がいなくちゃ何も出来ない

まだまだけつの青い2歳なんですね

そして

アムステルダムに帰り

オナガとも合流して

少し街を周りました

11月17日 262日目 オランダ あー

旅する三種の神器

1.パスポート

1.クレジットカード

1.現金

そのうちの一つ

1.パスポート

やっちまいました

失くしました

いったいどこでなのか

全く分かりません

ベルリンからやってきて

アムステルダムに到着

そこから

少しターミナルで仮眠して

バスオフィスが開いたので

バスチケットを買おうとしたら

無い…

無い…

無いもんは無い

あー

やっちまった

どこいった

そういえばボーダーで渡したのは覚えてる

でも返してもらったのは覚えてない

でも

前に座ってたオナガは

「もらってたよ」

と…

ではなぜ!?

なぜ!?

とりあえず

バスの人に頼んで

また乗ったバスが

夜九時に帰ってくるということで

そのときに電話する約束をして

宿に向かった

宿に着いたら

精神的なダメージと

今までのハードスケジュールから

寝込んだ

そして

夜九時

バス会社に電話をし

少ない望みを賭け

問いかけました

「僕のパスポートはありましたか」

「ありませんでした」

ものの10秒ぐらいで

僕の望みはぶち壊されました 笑

あした

そっこー

日本大使館に行ってきます

あー

やっちまった

11月16日 261日目 ドイツ→オランダ 休養

今日は一日中

雨が降ったので休んだ

そして夜

オランダに向けて

バスに乗り込んだ

11月15日 260日目 ドイツ 壁に誘われて


朝早く

ベルリンに到着

宿に行き

街へ繰り出した

ここでの目的はただ一つ

「壁」

壁です

皆さんご存知の

ベルリンの壁

東西ドイツの象徴

でも

これ

実は

東ドイツと

西ドイツを分けていた訳ではないようで

ここは

西ベルリン

東ベルリンを分けていただけで

国境だったわけではなく

当時は行き来も

簡単に出来ました

しかし

西ドイツのほうが

情勢はよく

東ドイツの人達が

簡単に

西ドイツへと

逃げ込めてしまうから

そのことの対策のために

壁を築き

数々の悲劇を生んだわけです

そんな

ベルリン

今は大都会

高い建物だらけで

ついつい上を見上げてしまいます

しかし足元をみると

ラインのようなものが

それを付いて行ってみると

どうやら

これが

壁があった跡ということ

それを歩いていくと

所々

壁が出てきます

そして

当時のまま残っている場所に到着

ぱっと見

タダの壁です 笑

それでも

この壁はいろんな人の

人生を狂わしたわけです

そして

更に壁を追っていくと

アーティストに

作品の発表の場となっている壁へとたどり着いた

メッセージ性の強いものが多いのかなー

と思っていったけどあんまりだった 笑

その中でも

おっさん二人のキスは

強烈だった 笑

ずっと歩いて追いかけたから

とっても疲れた

11月14日 260日目 ポーランド→ドイツ 週末の賑わい

古都クラクフを歩くと

中世の街並が想像出来るわけですが

今日は日曜日

家族連れで

広場は賑わっていました

ポーランドは

日本の5分の4もある

大きな国ですが

ポーランドを離れ

ドイツのベルリンへと向います