行った場所


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2010年11月12日金曜日

10月18日 232日目 シリア シリア最後の日


今日

トルコ行きのチケットを買った

シリア最後の日

かといって

特にやることも無く

街をぶらぶらしてました

ヨーロッパに向けて

食料を少し

買い込み

そこから

また

ぶらぶらしていたら

ダマスカスで別れた

たきざわさん合流

そこから

夜のアレッポ城を見に行くことに

夜のアレッポ城

ライトアップは

青でした

不気味!!笑

シリアは

本当に何かある街ではないけれど

人は

今まで行った国の中でも

有数の

優しい人達の国でした

地図を開けば

一緒に覗いてくれるし

お茶をしてれば

呼んでくれるし

お金

ぼらないし 笑

世界でも有数な観光地になると

頭の中が

「どれだけ観光客からお金を取るか」

にシフトしてしてしまう

仕方が無いことだとは思う

実際に

そこで働いてる人の生活がかかっているわけだし

実際俺たちはその人達の何倍もの経済力を持っているわけだし

そうやって世界のお金は動いていかなければいけないというのも

一理あるとは思う

けど

与え続ければ際限は無いから

どこかで見切りをつけないといけないわけ

シリアの人達は

ちょっとそこから外れてる人達が多かった気がする

中には

やっぱり

そういう人もいるのも事実ではあるけれど

Nothing Is Better

何も無いことがいいときもあるのかな

っとそんことも考えた

ものがあふれている日本に生まれた俺は

もう出来ない気がするけれど 笑

10月17日 231日目 シリア 肌にはこれ


ハマを抜け

シリア最後の街

アレッポにやってきました

この街で有名なもの

それは

「せっけん」

アレッポ石鹸といえば

日本では

一個3000円もする

高級ソープでございます

しかし

ここアレッポは

その産地

石鹸はいくらになるかというと

「1㌔200円」

安っ!!

でも

そんなにいりません

でも

一個が20円で買いました

肌が

俗に言う

汚い僕は

これで

ごっしごし

洗ってやろうと思います

そして

アレッポ唯一の見所

アレッポ城にいってきました

結構すごかったです

でも

その周りの

町並みのほうが

楽しかったです

夜は

アラブ料理らしからぬ

煮込み料理を食いました

うまい

10月16日 230日目 シリア ハマ名物

ハマ名物

食べ物では

ハマロールですが

観光としては

水車がとても有名です

何で有名かというと

わかりません 笑

だけど

まさか

水車

ごり押しです

シリアのお札にも

水車は描かれています

でも

この街

ハマでは

砂漠地帯とは思えないほど

水が豊富です

街には

噴水まで

砂漠なので

大事に使いましょう 笑

しかし

それが

この街の象徴であり

この国の象徴なんだね

砂漠を渡ってくる

遊牧民達は

ここで

疲れを癒していったんだなーと

後から思いました

夜はとってもきれいにライトアップされています

現代でも

水車は生きてます

回っていないけど

水車を見た帰り道

夜なのに遊んでた子ども達に

絡まれて

少し遊んだ

その時女の子が

「ハマは美しいでしょ!?!?」

と連呼された

地元を愛す心

百点です

2010年11月3日水曜日

10月15日 229日目 シリア パルミラをぐーるぐる

今日は

パルミラ遺跡を見てきました

あまり期待をしてなかったんですが

予想以上に楽しかったです

てか

見たこと無いぐらい

破壊されてた 笑

ここでは

ベドウィンという

アラブ系の遊牧民が

シルクロードを渡ってきた時に

休んでいたといわれている場所です

なので

浴場とかあります

やっぱり疲れを癒すには

お風呂です

あー

お風呂入りたい

結構

遺跡自体は小さくすぐに

見終わった

そこから

特大のケバブを食って

次の街ハマに向かうことに

でっかいバスに乗って

途中で

ちっちゃいバスに乗り換えました

めんどくさ 笑

移動時間約三時間

ハマに到着

そこで

名物

ハマロール食いました

味は

甘かったです

それだけです

10月14日 228日目 シリア ダマスカスかっ歩


オナガの情報で

ダマスカス大学で

学生証が作れるということで

行ってみたら

出来ませんでした 笑

そこからの

帰り道

シリアのおっちゃんが

ここでお茶を飲んでケ!!

と言うので

一緒にいたみんなと

お茶をいただきました

シリアの人は

優しいと聞いていたので

やっぱりこういうことなんですね

おっさんにはやたら

写真を取られました 笑

そんなこんなしていたら

夕方になり

世界遺産がある

パルミラに向かうことに

一緒に来た

たきざわさんはここでカメラの修理をするということで

お別れをし

イスラエルでもあった

さちさんと向かうことに

パルミラに着くと

なぜか

街は寂しい感じがしました 笑

明日

遺跡を回ってみたいと思います

10月13日 227日目 ヨルダン→シリア シリア突入


アンマンを

あまり見ていなかったので

今日は見て周ろう!!

と思った矢先

シリアに抜けるのに

人数がそろったと言うことで

出発することにしました!!

いざ集まってみると

四人で行くところ

三人しか集まってませんでした

そろってねー 笑

とりあえず国境へ向けて出発

そこでタクシーのおじさん



ひと悶着があったが

何とか

国境到着!

ここでビザが取れるか取れないかは

運しだいという話

実際に目の前で

白人のおじさんが

取れなかった

俺らも

パスポートを取れるかドキドキ

しながら

待つこと30分

あさっりとれました 笑

そしてそこから

首都

ダマスカスへ

旧約聖書にも登場する街

古びた町並みは

とっても風情がありました

だけど

何も無いので

明日

パルミラに向かいます

10月12日 226日目 イスラエル→ヨルダン 訴える壁

 
今日帰る前に

ベツレヘムの分離壁に書かれている

メッセージの数々を

見に行きました

壁には

メッセージっちゃ

メッセージなんですけど

アーティストが

自分達の発表の場としている

感じがしました

パレスチナの人達が

自ら発してる

メッセージとは

少し違う感じがしました

でも

世界中の

人達から

発せられるメッセージが

ここにあることは

確かです

それから

イエス・キリストが生まれた

教会に行ってきました

たくさんの

欧米人

二時間まちだった

もう駄目か

帰りのバスまで

1時間の俺らは

諦めかけたが

最後の望みで

出口が入ってみた

すると

二人だったらオッケーと言われ

入ってきました

ラッキー

そんなこんなで

ドタバタ

しながら

宿に帰り

チェックアウト

仲良くなったみんなと

お別れをし

国境へ

出るときは

入ったときが嘘のように

簡単に通れました

ヨルダンに着き

物価の高さにおびえていた僕らは

ラーメンばっか食ってた仕返しとばかりに

中東名物

ファラフェルサンドイッチ(約30円)を

2個食ってやりました

安い

すごい

ヨーロッパは耐えられるのか

2010年10月24日日曜日

10月11日 225日目 イスラエル 死海ミッション


死海

そこは

地球で一番低いところ

生き物が住めない海

塩分濃度世界最高

体が不思議と浮くことで有名な場所

そんな死海に

今日行ってきました

ヨルダンから行けるんですが

イスラエル側がきれいということで

イスラエルを選択しました

バスで片道2時間ほど

走ると

出てきました

死海!!

テンションあがってきてます

海に近づくと

もうすでに浮いてる方々か

そこで

みんな水着に着替えました

しかし

僕だけ

海パンを持っていなかったので

トランクスで突撃です

おそる

おそる

海に入り

一歩

二歩

三歩

そして足が着かなくなった

その瞬間

フワっ

フワフワ

ふわふわふわ

ひゃー

体が浮いた!!

スカイウォークです

それ歩くとこんな感じなのでしょう!!

フワっ!!

フワッ!!

ですよ

モーリ・スカイウォーカーの誕生です

しかし

ここは塩分濃度最強の

死海

口に入ると

しょっぱいを通り越して

苦い

苦い

更には

僕の体には

昨日オリーブとりで出来た

無数のかっちゃき傷



あせもができてた

そこに激痛が走る!!

傷口に塩とは正にこのこと

痛いのなんのって

あまり長いこと海には入ってられませんでした

しかし

僕らは死海では

各自研究課題を持って

取り組みました

一緒に行った

なおきさんは

大人の対応で

後見人に

一緒にいたトモ君は

バスケをし

きゅうりを死海漬けにしていました

結果は…

バスケの絵面はなかなか面白く

成功といった感じでしたが

きゅうりの死海漬けは

完全に苦かったです 笑

そして僕は

顔をつけるのも恐ろしい死海で

もぐってからジャンプすると言う

荒業に挑戦しました

結果…

抜群の浮力で

勢いよく発射しすぎて

パンツが脱げ

ち○こが丸見えになりました

そして最後

オナガのミッション

この死海で

逆立ちをし

犬神家のポーズをとる

と言う内容

結果は…

森亮介の

2010年最大の

衝撃映像となりました 笑

これは文章ではあらわせられません

知りたい方は是非ご一報を 笑

いやー

満足

満足

死海に入ったおかげで

傷口もしっかりとふさがっていました

帰りのバスは満員バスで

運良く座れたけど

途中で乗ってきたおばあちゃんが

俺の前でよろけて

苦しそうだったので

席を変らざるを得ませんでした 笑

その後

明日も一泊する予定だったが

オナガのケアレスミスにより

明日急遽

アンマンに帰ることに

10月10日 224日目 イスラエル 壁の向こう側


皆さんご存知の通り

ここイスラエルは

ややこしいことに

「パレスチナ自治区」

が存在します

現在パレスチナ側は

イスラエルとは別と言うことで

分離壁で

仕切られている状態になっています

外国人は

ここはすんなり通れますが

パレスチナの人達は

諮問認証など

通るのにも一苦労のようです

僕達は

昨日宿であった

日本人の方に誘ってもらい

「イスラエル兵に息子が捕まり、人手不足になったオリーブ農家の手伝い」

に行ってきました

ここでしかありえないシチュエーションです 笑

バスに乗り

タクシーに乗り

着いたのは

素朴な村

ちょっぴり歩くと出てきたのは

いっぱいのオリーブの木

僕らの

オリーブ取りは始まりました

結構

プチプチ取れる感じは

楽しい

合間合間に

おばちゃんから

紅茶サービスもあり

作業も淡々と進んでいく

1時ぐらい

飯が出てきた

ご飯とチキン!!

最近インスタントラーメン生活だった

俺には後光がさして見えました

でもなぜかご飯の中には

パンみたいなものが入ってました 笑

そして飯を食った後も

仕事がはかどるはかどる

周りにある木の

オリーブは

ほとんど取り

おっさんに

「上に行こうぜ」

と言われ

おっ!

そろそろ終了か?

と思いきや

上にも数本あり

継続しました

どうやら

日本人のピッキング能力が

予想外だったようで 笑

そして

予定では

3時に終わるところ

余裕の二時間押しの

5時ぐらいに終わりました 笑

そこから

パレスチナ側の話を聞きました

最近は

壁がどんどん増築されていて

どんどん領土を狭くされているということ

領土を狭くなると

道をふさがれ

今まで30分でいけたところに

周り道をして2時間かかるようになり

ソコの土地で農業をしている人は

職を失う

そうやってイスラエルは

生活しづらい環境を作って

パレスチナ人を追い出そうとしているようだ

パレスチナ人は本当にイスラエル人を嫌ってる

だからこそ

僕らは話を鵜呑みにすることは出来ない

どちらにも言い分はある

僕らには判断できない

パレスチナ人はまた奪うことで

自分達の土地を取り戻そうとしている

そうやって

同じことを繰り返すことに

自分がされて嫌なことは

他の人にしてはいけません

でも

された人は

何もしないまま我慢すればいいの?

そうすれば争いが生まれないのかな?

いつか

一緒に住んでいる

イスラエル人とパレスチナ人が

オリーヴを一緒に収穫できる日が

来ますように

2010年10月22日金曜日

10月9日 223日目 ヨルダン→イスラエル 祈りの先に

イスラエルにやって来た

世界で一番

問題を抱えている国

イミグレーションから

その匂いがぴんぴん伝わってくる

まず

俺はここでスタンプを別紙に押してもらうことが

最初のミッションなのです

イスラエルのスタンプがあると

国交の無い

シリア

レバノン

イランの

国々には行けなくなる

そして

それらの国の

スタンプやビザを持っていると

なかなか押してくれないと言う話を聞いていた

そんなこんなで

イミグレーションでの問答

俺は

緊張しながら

質問に答えた

俺は

イスラム国である

スーダンの

渡航暦があった

どうやらそれがひっかかり

俺のパスポートは別室に運ばれた

(押されたらどうしよ…)

これから

陸路で

シリアを抜けて

トルコに行く俺には

スタンプは絶対に

あってはならないのです

そして

別室に運ばれている間

待つこと

30分

帰ってきた!

スタンプは!?

別紙に押されてる!

やったー!!

最初の難関をクリアーし

もう一安心

後は

イスラエルを見ていこう

まず

イスラエルの旧市街を周ってみた

狭い路地を

さ迷い

歩いた

ところどころに

軍人がいる

いままで

銃を持って

歩いている警察がたくさんいたが

こっちの軍隊は

雰囲気が全然違う気がした

陳腐な表現ですが

「本気」でした 笑

ぐるぐる回っている間にたどり着いたのは

有名な

「嘆きの壁」

ユダヤ教の聖地である

エルサレム神殿

それが破壊され

唯一残った

西側の壁

ユダヤ教徒は

ここに祈りを捧げます

黒ずくめに

変ったモミアゲのユダヤ人が大勢来てました

そこから

また旧市街をぐるぐる周りましたが

旧市街は

まるで迷路で

案の定

迷いながら帰りました

そして

宿にもどり

そこから

ゆっくり

ゆったりしていました

そこでは

ヨルダンで出会った人が

何人かいて

そこで情報をたくさんもらいました

やっぱり

イスラエルは物価が高いらしい…

節約だな…

そして夜になり

今日の日没から

嘆きの壁で

写真が取れるということで

もう一度

嘆きの壁に行ってきた

すると

昼間のときよりもはるかに多い

ユダヤの人々

みんな

熱心に

祈り続けていた

なぜだろう

何も

わからないけど

言いようのならない感情になった

なぜだろう

こんなに祈り続けるのは

祈る内容は

旧約聖書ではあるんだけど

そこに

乗っかる

あなた達の感情は

あなた達の思いは

あなた達の祈りの先に見えるものは

一体何なのですか?

そう思えるような光景でした

そこで

一緒に行った

オナガとトモ君と

宗教の話になった

そこで興味深い言葉

宗教は生活規範の一部になっているのではないかと言うこと

確かにそうかも

生まれてきてから

ずっと

同じことの繰り返し

宗教は

生活に溶け込んで

当たり前のこと

祈ることはあたり前のこと

業務的にやっている部分はあるのではないかと

日本でも

小さい頃から言われていた

迷信や伝えられてきた話を

信じていた

例えば

ご飯を残しちゃいけない

ご飯には神様が住んでいるから

そんな感じに

宗教は

言わば

その人のアイデンティティなんだ

日本では少し薄いと考えられているけど

そんなことは無いと思っている

宗教を強く信じている人達は

生まれた頃か宗教が近くにあって

それに寄り添って大きくなっていく

イスラムの人は生まれたときから

豚は食わず

アッラーを唯一神として

メッカに祈りを続ける

などなど

キリスト教徒は

生まれたときから

キリストを救世主とし

教会で祈りを捧げる

などなど

ここイスラエルでは

主にユダヤ教

それでは日本人は?

日本人は

宗教観の弱い人間

そうゆう解釈が

世間一般だと

僕は考えている

よく

旅をしていると

「神を信じるか?」

と言う質問を受ける

僕は

いつも

「サムタイムス」

と答える

それを聞くと

大体の人は笑う

そして大半は説教をはじめ

中には怒る人もいる

そんな日本人は

かわいそう

と思われることも

サムタイムス

僕はそうは思っちゃいない

僕は浄土真宗ですが

全くそのことをしりません

むしろ天理教のほうが詳しいでしょう

じゃあ僕にとっての宗教は何なのか

宗教が

生活規範の一部とするならば

僕の宗教は

紛れも無く「人」でしょう

僕が今まで生きてきて

その生活の中

寄り添うのは

人からの

言葉

行動

その他もろもろ

人がいなければ

今の僕は無いし

今こうやって考えて生きているのも

誰かが伝えてきたものが

僕にも伝わってきたからです

日本は

それを

固定の宗教を通さず

受け入れる環境が

整っているのではないかと考えました

日本人ほど

人に寄り添い

あらゆるものを

共有できる人間は

いないでは無いかなと

僕は

どんなものでも

食べれるし

どんな教えも

信じれる

逆もまた

然り

そんな

日本に生まれた僕は

幸せを感じずにいられません

僕の宗教は

家族

友達を含む

出会ってきた人達です

10月8日 222日 ヨルダン ケアレスミス

イスラム圏は

休日は

金曜日と土曜日が普通です

そんな金曜日には

古着市があります

と昨日

古着市を周ったと日記に書いたんですが

実は今日がその日

金曜日でした

誰一人そのことに気づかませんでした 笑

イスラエルも本当は

金曜日と土曜日がやすみになってしまうので

日曜日に行こうと考えていました

だけども

曜日を間違えてしまった僕達は

土曜日に出ることに 笑

仕方ない

本番の古着市は

意外に品物が豊富でした

多分掘り出し物が出てきそうな臭いがしました

ケニアの中古市(ソコ)を

思い出しました

10月7日 221日目 ヨルダン 首都アンマン



ペトラを離れ

ヨルダンの首都

アンマンに到着

首都とは言えども

特に

何かあるわけでもなく

ただ忙しくなった感じです

ここでは

有名な日本人宿があります

その名も

マンスールホテル

またの名を

香田ホテル

この名は



日本でも話題になった

イラクで拉致され亡くなった方から取った名前だそうで

 実はここの

元従業員が

イラクに行くときの手配をしたということ

追憶の意味も込め

この名をつけたという

 そんな宿は意外に快適で

従業員の方も

とっても優しいです

そんなアンマンで

今日は

オナガが古着市があるというので

ペトラで会ったトモ君も含め

街をぶらぶらしてみました

何かそれらしいのは

ありました

でも

特にといった感じでした

そして

そこから

僕らは

二日後に入国予定の

イスラエルに向けて

食料の買出し

イスラエルの物価は

中東の非にならないぐらい

高い

高い

人によっては

ヨーロッパ以上

という人も

それに向けて

僕らは

大量のインスタントラーメンと

ツナ缶を

仕入れました

これで怖いもの無しです