行った場所


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2010年5月10日月曜日

5月1日 62日目 インド 向上心をかきたてられる





Sipuさんの家に



泊めてもらっていたので



彼の書いた絵を



見せてもらった



うーん



ほー



へー



わからん 笑



彼曰く



テーマは



幸せだという



彼の幸せは



こんな風に見えているのか



すごいな…



才能ある人は



やはり



考えることも



違うのだろう



その夜



また



Sipuさんの家で



色んな人が集まって



ビジネスの話をしていました



日本語がしゃべれる人が



ここには



たくさんいるので



なぜかとても安心します



外国の言葉をしゃべるのは



とっても



+なことなんだと



今更ながら



考えてしまう



あー



しゃべれるようになりテー



ここに来てから



ものすごい



語学に対する考えが



変わり



向上心をかきたてられている



あー



言葉の壁



そこまで感じたことはないけれど



しゃべれたら



もっと



もっと



楽しいんだろうなと



思った

4月30日 61日目 インド 男の一人暮らし

インドに来てから




一週間



シャンテニケタンに来てから



五日間



てか



気づいたら



旅を始めて



二ヶ月経ってた!



早いな



今日も大学で遊んでから



お昼には帰り



ご飯を食べた



ふと気づいたが



Aliulさんのお母さんが



日に日に



俺にくれるご飯の量が



増えている 笑



僕的にはとてもうれしい



今日は



とても評判のよい



プーチーカというもの



食べることに



この食べ物は



外国の人が食べると



大体



お腹を壊すらしい



インド人も



時々お腹を



壊すらしい 笑



そのプーチーカ(別名ストマックデストロイヤー)



にチャレンジしてみた



なにか



ぱりぱりしたものを



穴を開け



その中に



芋を押し込み



最後に



すっぱい汁に



ちゃぽんと



浸し



渡され



それを



ぱくっと一口で食べる



しょっかんとしては



ドリトスに



チリソース塗りたがったとき



のような感じ



これがめちゃくちゃ



美味かった



ついつい



いっぱい食べてしまった



明日俺の



胃はどうなっているだろうか



乞うご期待



今日は



Aliulさんの



友達の画家



Sipuさんの家に



泊めてもらうことになった



彼は一人暮らしをしていたので



そこにひとりで乗り込んだ



男の料理も食べたし



いっぱい音楽も聞かせてくれた



夜はいっぱい話をした



絵のこと



家族のこと



生活のこと



日本のこと



インドのこと



そのちがい



この人も



とっても優しい人だった



男の一人暮らしも



いいもんなのだなと



感じた日だった

4月29日 60日目 インド むしゃくしゃしたときは







また大学に行って



たくさん話をした



いつも



大学にいる



DeepakとArpitaと



仲良くなった



二人は



カップルで



とっても仲良しで



二人でいつも勉強してる



とっても頭がいい



いいなー



外国語



しゃべれるようになりたい…



今日その二人は



作文を書いていた



その作文は



日本学科の図書館を



ボランティアを行っている



日本人の方に添削してもらっていた



その人が



「今日は森さんにやってもらおう」



といわれやることに



ちゃんと



文章ができている



すごいなー



いっぱい勉強しているんだろうな



そう思って



呼んでいると



変なワードが



「私は自分のことをみそっかすと思いました」



ん?



なんで「みそっかす」笑



なんで使った聞いてみると



これは「Good for Nothing」



といういみだと辞書で調べて



使いました



今すぐその辞書を



使うのは



やめたほうがいいと思った 笑



そして今日も



家に帰り



毎日夕方になると



Aliulさんは



バイクの後ろに乗せて



色んな所に



連れて行ってくれている



今日もそうやって出かけると



途中から



Aliulさんの様子がおかしい



話を聞くと



ついさっき



分かれた彼女とすれ違ったらしい



とっても



Aliulさんは



10年彼女と付き合った







最近



浮気され別れたらしい



彼は



心に大きなダメージを受けており



心がクレータのように



ぼっこりえぐられるような



苦しさに追い込まれていた



「酒飲みに行こう」



そういわれ



酒飲み



たくさんの話を聞いた



Aliulさんは



筋金入りのお人好しだ



いい人は



やっぱり損するものなんだなと



感じた



でも最後には



絶対幸せになるはず



彼には絶対そうなってほしい



そう願う



電気のいらない



満月がちょうちん代わりの



そんな夜



もちろん



今夜の



酒は



俺の



おごり

4月28日目 59日目 インド 休日

ホームステイ四日目




今日は



水曜日



インドの休日は



水曜日なので



今日も学校休み



家でずっと寝てた



久々にこんな寝たな



疲れが



吹っ飛んでいった



Aliulさんと一緒に



少し日本語の勉強していたら



また



前みたいな



突風が!



今回



ヒョウは降らなかったが



とっても



雨が降ってきた



そいて



ものすごい量の



雷!!



今日一日で



一生分の雷を見た気がする



百回ぐらい



ぴかぴか



してた



いや



それどころじゃないか



音も



ごろごろ



なんて優しいもんじゃなかった



ドッカーンだった



多分あれは



隕石が降ってきたはず



雷じゃない



一人で家の中で



わぁわぁ



騒いでると



「これは普通だよ」



といわれてしまった



インドの自然



恐るべし…

4月27日 58日目 インド 乗りは高校生

ホームステイ三日目




今日は



政治的なストライキにより



学校が休み



というか



インド中の



あらゆるものが



ストップしてる



なので



学校には行けず



それで



昼から



Aliulさんの友達の



Sipuさんという画家がいて



その人と



バイクを三人乗りして



少し遠くに



そこで



木陰のした



のんびり



のんびり



話をして



ご飯を食べて



家に帰った



夜からは



Sipuさんの家で



ご飯をご馳走になった



そこで



みんなでお酒を飲もうとなった



インドでは



お酒を飲むのだが



あんまり



いいことだとは



思われないらしい



Aliulさんの家族は



酒を飲むのは



いいこととは思っていないらしい



Aliulさんじたいも



二年前はじめてお酒をのんだらしい



しかも



日本で



そんなこんなで



みんなで



こそこそ



お酒を飲む感じが



とても



日本の高校生的な



行動であったので



とても



なつかしい気分になった



まぁ



おれの



兄貴は



中学校の修学旅行の



水筒のなかに



サントリー



カクテルバーをいれて



バスの中で飲んでいたらしい



ぐれてたから仕方ない



そんなこんなで



ウイスキーを飲んでいたけど



Aliulさんは



家に帰らなくてはいけないの



横でずっと



Spriteを飲んでいた



たまにあるよね



こういう状況



日本でも 笑

4月26日 57日目 インド 自然の洗礼


ホームステイ2日目




今日は



朝から



市場に行って



買い物を見ていた



インドでは



スイカは



大体



40円ぐらい



安っ



そして



また



大学の



日本学科に行って



昨日



会った



生徒とお話した



二人とも



すごく



日本に憧れている



是非日本に来てほしいな



そこから



お昼は家に帰って



ご飯を食べる



ここの大学は



お昼には終わる



そして



昼寝をするらしい



俺の



沖縄の生活と



一緒だ



そして



夕方ぐらい



ちょっと長い



眠りについていると



強い風が吹き



窓が



バタン!!!!



バタン!!!!



バタン!!!!



激しくなっていた



窓を閉めようとしたが



建てつけが悪く



なかなか閉めれない



てこづっていると



Aliulさんの妹が入ってきて



全部紐で



くくってくれた



そして



「モリ、モリ、モリ」



とよばれ



行ってみた



そして



「アイス、アイス」



アイス?



外を眺めて見ると



すごい量のヒョウが!



意外にでかい!



頭に直撃したら



死ぬんじゃないか



という



勢いで



地上へと



降り注いでいた



その後



ヒョウに降られた



Aliulさんが帰ってきた



家は停電しているから



二人で暗闇の中



「こんなことはたまにあるよ」



と言っていてびっくりした



その後



色んな話をした



その中でも



長いことを話したのは



宗教の話だった



Aliulさんは



色んな話をして



くれた



外国の人は



強く



宗教を信仰していると



思っていたけれど



疑問を持っていることは



たくさんあるらしい



食事や



飲酒制限とか



その他の



テロリスト問題や



国の政治に関わっている



宗教



とっても難しい問題だ



宗教を作った



人たちは



そんなことを



かんがえたのかな?



テロをしていいと



おもった?



人をころしてもいい?



みんなは



平和を願っていたはず



自分の幸せになるために



人を蹴落としてもいい?



自分で死んだら



幸せになれる?



そんなことを望んで



宗教を作った?



宗教はいいところもあるし



悪いところもある



日本の政治は



政教分離でいいなと



Aliulさんの言葉が



妙に重く感じた

2010年5月9日日曜日

4月25日 56日目 インド ホームステイ開始

今日は




シャンテニケタンというところに向かうため



早起きして



電車にのるためタクシーに



値段交渉をしたら



最初は



3倍ぐらい値段を言われた



さすがインド



まぁ何とか値下げして



駅に到着



そこらじゅに



まだ寝てる人が



僕も



それに混ざって



床でごろごろしていました



そして



6時になると



電車がやって来た



それと同時にたくさんの



人たちが乗り込んでいる



俺もそそくさ



乗り込む



俺のシートは



予約席なので



大丈夫と思ったら



溢れんばかりの















どこか



どこだか



わからん



とりあえず



ものすごい量の人が



行き来するので



とりあえず



身を任せ



突っ立っていることに



周りの人は



「なんだこいつ?」



といわんばかりの眼差しで



俺をみてくる



僕は



全員を



かぼちゃだと思って



やり過ごした



五分ぐらい経過した後



言い合いしているおばちゃんぐらいしか



見当たらないので



シートをさがしはじめた







まったく見つからない



近くの人に聞いてみた



どうやら



さっきから



俺がいたのは



自由席の車内



見つからないわけだ



指定席の車内は



遥か向こう側でした



そこに行き



また



シートを探し



うろうろ







あった



あったけど…



おばちゃんが座ってる



だれじゃい



お前は



と思いつつ



腰をひくーく



「あのーここ僕の席なんですけどー」



というと



おばちゃんは



人指し指で



違う席を



ビシッ!!



その動作一つで



俺はすべてを理解した



おばちゃんは



「あんたみたいな甘ちゃんはそこに座っときな!窓際なんて百年早いわ!」



動作一つで俺に伝えた



僕は怖気づき



こそこそ



指に指されたところに座る



周りの人にくすくす



笑われた



ウケたみたいなので



±0なので良しとした



席に着き



電車が出発し



ものすごい



田園風景が広がった



コルカタで見た



人々の喧騒が嘘みたいに



のんびりした



風景が広がっていた



そんな風景を見ながら



うつらうつらしていたら



隣の女の人に



五回ほど



ヘッドバットをかましてしまった



「すいません」と言う度に



「ちっ」としたうちをさせてしまった



本当にごめんなさい



そんなこんなで



三時間後



ボルプール駅に到着



実は



ここには大学があり



そこには



「日本学科」がある



そこで俺は



知り合いの伝を最大限に利用し



日本学科の先生の家に



お世話になることになった



メールで



「駅に着いたら電話をください」



と連絡を受けていたので



電話をすることに



しかし



やはり



外国の方と電話をするのは



少々緊張する



(日本学科の先生だけど日本語ちゃんとつうじるかな…)



(怖い人だったらどうしよう…)



(電話通じるかな…)



悩んでもどうしようもないこと



こんま何秒か考え



電話をかける



プー



プー



プー



日本とは違う発信音



ガチャ



(つながった!)



俺:ハ、ハロー



先:Hallo.



俺:まい、ねーむいずもりりょうすけ



先:あー、はいはい、今迎えに行きます



俺:あ、ここにいれば…



先;はい、待っててください



(日本語ぺらぺらじゃん…)



さっきまでの不安が一気になくなり



待っていると



やってきた



先生というよりは



優しそうなお兄さんがきた



彼は25歳



Aliulさんという名前



とっても優しい方でした



そこの家に行き



部屋に案内され



次には



日本学科に向かうことに



同い年ぐらいの生徒と



たくさん話をした



みんな



日本語が上手で



びっくりしました



何時間か過ごした後



家に帰る途中



川沿いの



キレイなところへ



自然いっぱい



そこで



男二人



色んな話をした



内容は



二人と



太陽の光を浴びて



腹九分目まで大きくなった



月だけが



知っている



さぁ



今日から



シャンテニケタンで



ホームステイ



開始

4月24日 55日目 インド コルカタ散策






久しぶりに早起きをして



コルカタノ街を



散策することに



タクシーや



リキシャーを使うのは



値段交渉が



面倒なので



僕は大体



歩くことにしています



今日も



大通りを



テクテク



テクテク



歩き



路地を見ては



入り



路地を見ては



入り



を繰り返していました



インドの人は



僕を見るたびに



ジャーパーにー



といってきます



それに答えて



ニコッと笑うと



首をものすごい



勢いで



斜めに



カクッとして



ニコッと



笑ってくれます



それを



何度か繰り返して結果



みんな



そうやって



ニコッと返してくれます



どうやら



インドでは



首を縦に振るものではなく



斜めにものすごい速さで振る



日本では



「うーんよく分かんない」



という仕草を



二倍速で行っていると



考えていいでしょう



たまに



歩いていると



「日本からきたの」



「サリー欲しい?」



「はっぱ??はっぱ??」



ということいいながら



100メートルぐらい付いてくる



インド人とか



すわってる



物乞いの人



東南アジアにも



物乞いの人がいましたが



こっちの物乞いは



アグレッシブ



やたら寄ってきて



肩を



ぽんぽんと叩いてくる



これがインドか…



またもやそんな気持ちになりながら



歩いていると



電車の予約オフィスが



そこで



明日向かう



Bolpur行きの電車を予約



三時間位の乗車時間で



62ルピー(約120円)







そして



帰り道



古ぼけたバザールが



大体の



何の店かわからない



どこからともなく



聞こえてくる



打楽器の音



俺をみて



笑っている女の子たち



これがインドか



そう思って



ぐるぐる



歩いき



お昼頃



死ぬほど熱くなってきた



そろそろ帰って休もう



と思い



道を歩いていると



あれ?



あれ?



あれ?



あれ?



あー



またやっちまった



道に迷っちゃった



そこからまた



1時間ぐらい



うろうろして



やっぱり分からず



道を



確認するために



地図を開いていると



横にいたおじさんが



地図を覗き込んできた



ここに行きたい



という感じで



地図を指差すと



おもむろに



胸ポケットから



虫眼鏡!!



そして見た後



(あっちだよ)



といわんばかりに



指を指し



身振り手振りで



道を教えてくれた



「サンキュー」というと



首をすごい速さで傾けて



ニコッ



そして



その通りに



行くと



帰る事ができた



インドの人は



悪い人ばかりと聞いたけど



そんなことはないみたい



当たり前か 笑



あー



月が近い



月ってこんなに大きかったけ?

4月23日 54日目 マレーシア→インド 到着

今日は

インドに飛び立つために

空港へ

この空港に来るのは

二度目だから

なんともなれたものです

そこで

いつもどうり

飛行機に乗り込み

座席に着き

いつもなら

離陸するか

しないかの

その狭間で

眠りに落ちてしまう俺が

なぜか眠れない

インドは

どんなところなのだろう

いい噂はあまりきかない

ものはよく盗まれるは

みんな嘘つくは

電車は遅れるは

でも

そんなインドには

何度も

何度も

来たくなってしまう

そんな不思議な国

いったい

どんなことになるのだろう

不安と期待で

思考回路はショート寸前です 笑

そう思いながら

窓の外を眺めること

約三時間

陸だ

陸が

見えてきた

そこに



あれは

何川だ??

石造りの

同じような形をした

家がたくさん

ここがインドか…

陸が見えてから

30分後

空港が見えてきた

とうとうインドだ

着陸し

飛行機を降り

入国審査をすませて

インドに入国を果たした

うわー

これがインドか

飛行機の中で

思ったことが

到着しても

なんどもなんども

おそってくる

荷物を待っていると

カナダ人のおっさんが

タクシーをシェアしようと言ってくれたので

お言葉に甘えてご一緒することに

もう一人日本人の女の人も

含めた三人で

安宿を目指すことに

そこに

向かうタクシーの車内は

ぼろぼろ

町の風景も

東南アジアと似ているようで

似ていない

ここがインドかー

長いこと車にのっていると

安宿ストリートに到着

コルカタには

「パラゴン」という有名な日本人宿がある

日本人二人はそっちへ向かい

おっちゃんは他のところに行くと言って

別れた

そして

日本人宿で

部屋をシェアして一泊することに



伝説の日本人宿は

韓国人ばっかりいて

伝説の日本人宿(韓国人多し)

になっていました

カナダのおっちゃんも

行きたかった宿がつぶれていた

といって

結局この宿に来てた 笑

その宿

屋台に行って

 インドかリーを食べようと

注文しようとすると

「なにがありますかー」

「ライスからチャパテイーまでなんでもあるよ」

「チャパティー??」

「そうチャパティー」

「チャパティーって何??」

「チャパティーはチャパティーだよ」

「チャパティー??」

するとそこの親父は

「チャパティーっていったらチャパティーっていいやがって

このジャパニーが!!」

といってどっかに行ってしまいました

これがインドか…

初日から

カルチャーショックの連続です

ショックを癒すために

パックしてみました

2010年4月23日金曜日

4月22日 53日 マレーシア 東南アジア最後の日

今日で

マレーシア

というか

東南アジア最後の日

ちょっと駆け足で

まわった

約二ヶ月

最初は

行く気なんて

全くなかった

ラオス

ベトナム

シンガポール

にも結局行った

色んな人から

ちょっと

早すぎじゃない??

といわれることも

しばしば

まぁ

焦ったわけでもなく

頑張ったわけでもなく

気づいたら

自分のペースが

こんなことになっていました

東南アジアを

まわって

何を得たか

それは

多分

後から

分かるのかなーって

思います

てか

最近やっと

旅に慣れてきたというか

仕方が分かったきたと言うか 笑

でも

実は

俺の

旅は

まだまだ

始まったばかり

という

印象が強い

まだまだ

やりたいことが

たくさんあって

未だに

ロースペックの

俺の

脳みそは

まだまだ

処理中です

今日は

最後に

KLタワーに

上ってきました

夜景がとっても

キレイでした

その光景を

見て

よし

次も

がんばろって

思いました

いい締めだった気がします

さぁ

次は

南アジア

インドに行ってきます

正直

ビビッてます 笑

2010年4月22日木曜日

4月21日 52日目 マレーシア 若者

今日は

黒澤さんが

マラッカへ行った

「日本に帰りてー」

といいながら

旅を続けている彼は

正直にそんな気持ちをいえてしまうのは

すごいことだなーと思った

そんな黒澤さんに

分かり際言われて一言

「森君は久々に話ができる若者だったよ」

うん

何ともうれしい

ホメ言葉

そうなんです

昔から

はなしは出来るんです

はなしが上手なわけではないんです

I can talk.なのです

どんなに

今まで興味なかったことでも

そこから

興味をもってはなすことができるし

年齢層関係なく

話すのが好きなんです

話す内容は

稚拙なことでも

一生懸命話すことが出来るのです

好きなんです

いろんな人と

話すのが

好きなんです

出来れば

世界中の言葉を

しゃべれるようになって

世界中の人と

バカなはなしが出来るように

なりたいんです

また僕は

若者です

21です

やろうと思えば

出来るんです

空を飛ぼうと思えば

飛べるんです(要:飛行機)

時間は

無限にないけど

思ったより

長いんです

後は

自分がどうするのか

決めるのは

おれ自身です

出来る

絶対に出来る

何を??

って言われたら

それは

まだ

分からない 笑

ネバーギブアップ

死ぬまでに出来てたら

ばんばんざい

4月20日 51日目 マレーシア ビザゲット その結果は…

今日の夕方

ビザを

取りに行った

果たして

俺のビザは

あの料金で

しっかり申請できたのだろうか

というか

違ったら

インド行けないから

お願いだから

間違っていないでくださいと

願いをこめながら

いざ

インドビザセンターへ

10人程の列に並ぶ

俺の順番が来る

整理券を渡す

パスポートをチェックしてください

はい











うおっ!!

ちゃんと取れてる!!

一人ビザを見て

ニヤニヤしてると

係りのお姉さんに

あーユーハッピー??

って聞かれてしまった 笑

イエスと答え

センターを後にした

日本円で言うと

4000円ぐらい得した!!

ラッキー

ラッキー

これはインドに呼ばれていますな

やったー!!

黒澤さんも

ミャンマービザがとれた

ほっとしていた

その夜

宿に泊まっていた

俺と黒澤さんと

60歳で定年退職したおっちゃんと

三人で飯を食いに行った

黒澤さんは

明日マラッカに行ってしまうということで

おっちゃんがビールをおごってくれた

雅也と飲んだ日以来のビール

とっても

おいしかった

安堵感と

アルコールが

見事にマッチして

よいが早くまわる

そんな夜だった

4月19日 50日 マレーシア 不安を残したまま…

今日は

ついに

インドビザの

クリアランスが出る日

今日

パスポートを

預ければ

明日には

インドビザをゲット

ってなわけだ

その

クリアランスが出てるかどうかは

ネットでチェックしなくてはいけない

そこで

朝一

ネットで

調べてみると…

ない

クリアランスが

出てない

なぜ??

急いで

ビザセンターへと向かう

「あのークリアランス出てますか…?」

恐る恐る

聞いてみると

調べた結果

「ノー、クリアランス」

マジかよ…

今日出てると思ったのに…

明日に持ち越しか

がっくり肩を落とし

伸びのびになったTシャツが

かばんの重さでさらに

伸び

完全に見た目は

敗北者のまま

とぼとぼと

宿に帰った…

少し時間がたって

ぼーっとしていると

「今なら出てるかも」

そんな気持ちにかられ

再度

パソコンを開いてみると

あった

あった!!

これは

急いでいかねば

そそくさ

そそくさ

途中

車にひかれそうになりながら

到着し

さっきの係りの人に

「今度はオッケー??」

ときかれ

オッケーと元気よく

答え

待つこと五分

俺の番が来た

ここで

最後の

申請料を払ってしまえば

おっけーだ!!

すると

係りの人から

「30RMです」

30?

「30?」

と聞き返すと

「そう30」

「明日はいくら払うの??」

「明日は一円も払わないよ」





おかしい

申請の紙には

160RMかかる

と書いてあった

俺のビザは

ちゃんと

取れているのか

まさか

申請ミスをしたのでは…

そんな

不安を残したまま

結局

30RMだけ払って

パスポートを預け

今日は終わった

その後は

スーパーのよって

簡単湯沸しコイル

てきなのを買った

実は

先日買ったポッドを

タイの列車に忘れてきてしまう

というなんとも

あほなことを

してしまったので

新しく買いました

価格は300円

これで

俺は

無敵だ

2010年4月20日火曜日

4月18日目 49日目 シンガポール→マレーシア トンボ返り

シンガポールを

一泊二日で

とんぼ返りをすることに


あの会社の

バスには

全く

乗りたくなかったので

違う

バスに

乗り込む

日曜日なので

高いらしい

ちっ…

そして

夕方ぐらいに

帰ってくると

この

前に泊まっていた所と

同じところに

泊まることに

この

宿

なぜか

ものすごく

落ち着く

すごく

おすすめ

今日は

後は

ゆっくり

ゆっくり

休もう

4月17日 48日目 マレーシア→シンガポール 特技

弾丸で

シンガポールに向かうことにして

から

深夜

イミグレーションに着く

バスはその間

イミグレーションを

通過したところに

いるはず

しかし

バスは待ちきれず

先に出発することが

多々あるらしい

俺もその

パターンだった

しかし

チケットさえ

もっていれば

同じ

会社の

バスであれば

乗り込むことが

可能なので

待つことに









三時間経過しても来ない

他の会社のバスが

10台ほど

通り過ぎていった

合計50台くらいは

通って行っただろう

俺の乗った

バス会社だけ来ない

仕方なしに

ジョホール・バルと

シンガポールを

往復しているバスに

お金を払って

乗る羽目に

あの会社のバスは

もう

二度と乗らない

シンガポール着いて

宿を

とって

すぐに

周りを見てまわる

印象は

「日本みたい」

急成長を遂げた

シンガポールは

街並みが

東京

札幌みたいに

発展していました

ちょっと

ほっとするような

そんな雰囲気に

なりました

マーライオンは

意外にでかかった

こどもが

背中を

守っていました

それから

宿にもどって

昼間は

あついから

ゆっくりしていると

一人の

日本人の方と

はなしをした

その人は

シンガポールに四年いて

20年以上

旅をしているらしい

ミニギターを弾いて

その収入で

旅をしているそうな

やはり

一芸に秀でていると

それを武器に

暮らしていける

そこで

自分の特技を考えてみた

うーん

ない 笑

俺に特技は

ない 笑

ずっと

続けていたサッカーも

最後には

挫折したし

アメフトも

ホームページ担当だった 笑

音楽もできないし

絵も下手

うーん

ないな

どこでも寝れるってのは

特技じゃなくて

体質だしなー

うーん

特技

さがソ



ライトに照らされた

マーライオンは

神々しかった

おもえは

海に水を

吐き続け

波を

抑えているんだよな

立派な

特技だ

2010年4月19日月曜日

4月16日 47日目 マレーシア やっぱり人間は猿だった



起きてのんびりして

そこから

泊まっていた

国立公園を探索することに

蚊の量が半端じゃない所を

ぐるぐる回り

鳥が飛び

虫が飛び

何かわけのわからん

生物をみた

あれはでっかいトカゲだったのか?

それともカワウソだったのか

それは分からなかった

そして

その後は

職員が開け忘れた

ドアを横から

すっと入り

海が見えるところまで

ここで

俺の人生の中で

一番

汚い海をみた 笑

というか

この公園

なまら猿が

いらっしゃって

引っかかれんじゃないかって

びびっていた

その後

なんとかの丘ってとこに

行った

そこには

また猿が

そこに一台のバイクが止まっていた

そのバイクには

「猿のえさ」

と書かれていた

好奇心旺盛な

俺と

黒澤さんは

猿のえさを買い

猿にえさを与えようとした

バイクのおっちゃんは

「このさるとってもフレンド李ーだから肩とかに乗ってくるよ」

そいうと

えさをあげていた

黒澤さんに

よいショ

よいしょと

猿が登って来た

おっちゃんが

「そのまま手をあげて」

すると

黒澤さんの

肩に猿が

その後

黒澤さんは行く度も

猿を肩に乗っけて

肩乗せ名人となった

一方

俺はというと

手を上げては

速いスピードで

餌を

奪われ

またも

奪われの

連続

完全に

猿に

猿回しされました

黒澤さんが

「仕方ない」

と言いながら

肩乗せマスターの本領発揮

俺の方に

乗せてくれました

何か

猿と

友達に

なった気分

人間は昔

猿だったのでしょう

じゃなきゃ

こんな風に

ペットボトルのジュースは

飲めない

もし

猿でなかったとしても

きっと

お猿さんとは

仲良しだった

何かだったんだろうね

これから

黒澤さんを

置き去りにして

シンガポールへ

4月15日 46日目 マレーシア 蛍

インドビザ申請の間

クアラ・ルンプールの近くにある

クアラ・セランゴールという街に

キレイな

蛍が見れるということで

行ってきた

ツアーだと日帰りなのだが

莫大な値段をとられるので

一泊して

済まそうと思い

同じ宿に泊まっていた

黒澤さんも

ちょうど

行きたがっていたので

一緒に行くことに

ローカルバスに乗ること

二時間

到着

すごく

素朴な街でした

泊まるところは

宿ではなくて

シャレーという

所に

泊まることに

国立公園の中にあり

キャンプ場みたいなところに

建てられた

さんかくの形をした

なんとも

小さな建物

よく



家族で行った

キャンプを思い出しました

そして

近くで腹ごしらえをした後

蛍を見に

川に

明るいときに

到着したので

少し不安でしたが

そんな不安をよそに

周りは次第に暗くなり

オンボロボートに乗りこみ

川へと

すると

木のところに

チカッ

チカッ

「めっちゃ光ってる!!」

興奮気味の声で

叫んでしまった

その光は

さながらLEDといいましょうか

日本の蛍は

提燈のように

ぼやーと

光るが

こっちの

蛍は

歩行者信号点滅ばりに

チカッ

チカッ

してます

なんというか

口ではあまり

説明できないし

カメラに収めることできない

肉眼に焼付け帰ってきた

本じゃわからない

文章じゃわからない

目という最高のレンズを通して

見る光景

見なきゃ分からない

触れなきゃ分からない

聞かなきゃ分からない

食べなきゃわからない

臭わなきゃわからない

五感を駆使しても

最後には

感動という

見えないもの

感情という

捕らえられないものに

何で一番

人は左右されるんだろうな

世の中やってみなきゃ

わからないことがおおい

がむしゃらに

やってみよ

この旅は