今日
一日なんもすることねー
と思って
どうしようかな…
と思いつつ
モールめぐりをすることに 笑
そこで
めちゃくちゃ
ほしいものが
それは
ヘッドホン
雅也がいたときに
雅也が持ってた
ヘッドホン
音の質がとてもよかった
うらやましかった
ふと
目に入った
SONY SHOP
そこにおいてあった
たくさんの
ヘッドホン
試聴する
…
…
…
…
あー
こんなの聞きながら
旅したい
そんな気持ちが強くなって
試聴すること
四時間
…
買っちゃった
ゴツイのと
迷ったけど
旅しているので
持ち運び重視
そして
最近は
歌詞に気にして音楽を聴いているので
ベース音よりも
ボーカルを聞きとりやすいものを
ということで
選びました
俺にとっては
音楽は
毎日の日記
自分の心の代弁者
体中を駆け巡る血
この旅にも
特定の曲を聞くと
その国での
思い出が
プレイバックする
たとえば
ソンフォンとの
旅は
ビートルズを
片方ずつ
イヤホンを
耳に突っ込んで
バス移動の際に聞いていた
いま
ビートルズを聴くと
そのたびと
地獄のような
バスの車内を
思い出す 笑
旅と音楽のセットは
どんな
ハンバーガーとポテトのセットよりも
俺には
高価で
幸せだ
2010年4月19日月曜日
4月13日 44日目 マレーシア 他国の日本
今日は
インドビザを申請
わかんない事だらけで
めちゃくちゃ
修正させられ
三枚書き直し
提出
何とか完了したみたい
その後
インド行きの航空券を
買った
一万円もしなかった
大丈夫なのか…笑
そこから
昨日行った
モールに再度
行った
外国に行くと
思うのが
日本の文化
ちゃんと
伝わってるの?
ということです
たとえば
このバッグ
どこに惹かれて買ったのか
一言
教えてほしいです
後は
すしキングという
お店
これじゃ
すしゴールドです 笑
駄菓子屋さんは
いったい何が正直なんでしょうか?笑
しかし
ここマレーシアでは
しっかりとした
日本の文化を
取り入れているところがあります
それは
世界の
JUSCO
日本の製品がたくさんあるし
質も上々
まぁ店員はマレーの方々なんで
違和感はありますが 笑
そこで
買ってしまった
日本の元気の源
おにぎり
はぁー
マジうめー
やっぱり世界で一番ですな
うちの母ちゃんが作るおにぎりは
いつも
ミートボールとか
から揚げ
たまに
餃子も入ってる
一風変わった
おにぎりですが
大好きでした
世界各国の
名物料理を食べるのもいいけども
俺の
母国の
ソウルフード
たまに
食べなきゃね
元気でた!!
よっしゃ
インドビザが取れる
一週間
何しよ??笑
インドビザを申請
わかんない事だらけで
めちゃくちゃ
修正させられ
三枚書き直し
提出
何とか完了したみたい
その後
インド行きの航空券を
買った
一万円もしなかった
大丈夫なのか…笑
そこから
昨日行った
モールに再度
行った
外国に行くと
思うのが
日本の文化
ちゃんと
伝わってるの?
ということです
たとえば
このバッグ
どこに惹かれて買ったのか
一言
教えてほしいです
後は
すしキングという
お店
これじゃ
すしゴールドです 笑
駄菓子屋さんは
いったい何が正直なんでしょうか?笑
しかし
ここマレーシアでは
しっかりとした
日本の文化を
取り入れているところがあります
それは
世界の
JUSCO
日本の製品がたくさんあるし
質も上々
まぁ店員はマレーの方々なんで
違和感はありますが 笑
そこで
買ってしまった
日本の元気の源
おにぎり
はぁー
マジうめー
やっぱり世界で一番ですな
うちの母ちゃんが作るおにぎりは
いつも
ミートボールとか
から揚げ
たまに
餃子も入ってる
一風変わった
おにぎりですが
大好きでした
世界各国の
名物料理を食べるのもいいけども
俺の
母国の
ソウルフード
たまに
食べなきゃね
元気でた!!
よっしゃ
インドビザが取れる
一週間
何しよ??笑
4月12日 43日目 マレーシア バイbuy雅也 ミステイク
今日は
朝から
雅也が行きたいと言っていた
モールに行った
そこにあるお店は
高級ブランドばかり
旅をしている最中の
俺には
到底買えるものではない
隣で
マレーシアにしか
売っていない
という
ブランドを
買う
雅也を
横目で
よだれを垂らしながら
見ることしかできなった
あまりにも
うらやましかったので
物乞いをしてみたら
マサやが
一万円をくれました
男らしい
ありがたく頂戴し
雅也は
これにて
帰国
電車で
空港まで
行く予定だったのですが
そのときの
自動改札をミスって
最後の最後に
めっちゃ
係員に
起こられていました
めちゃくちゃ
ダサかったです
その後
俺は
インドビザを申請しに
インドビザセンターへ
駅を降り
あると思われるところを
ぐーるぐる
愚ーるぐる
google
google
…
…
…
ねぇじゃん
周りの人にきいても
「わからない」
の一点張り
約二時間探したけれど
あきらめて
宿に帰ることに
そこに
日本人の
黒澤さんという方がいて
聞いてみると
場所がいどうになったらしい
しかも
宿から
なまら
近い
…
明日
リベンジだ
朝から
雅也が行きたいと言っていた
モールに行った
そこにあるお店は
高級ブランドばかり
旅をしている最中の
俺には
到底買えるものではない
隣で
マレーシアにしか
売っていない
という
ブランドを
買う
雅也を
横目で
よだれを垂らしながら
見ることしかできなった
あまりにも
うらやましかったので
物乞いをしてみたら
マサやが
一万円をくれました
男らしい
ありがたく頂戴し
雅也は
これにて
帰国
電車で
空港まで
行く予定だったのですが
そのときの
自動改札をミスって
最後の最後に
めっちゃ
係員に
起こられていました
めちゃくちゃ
ダサかったです
その後
俺は
インドビザを申請しに
インドビザセンターへ
駅を降り
あると思われるところを
ぐーるぐる
愚ーるぐる
…
…
…
ねぇじゃん
周りの人にきいても
「わからない」
の一点張り
約二時間探したけれど
あきらめて
宿に帰ることに
そこに
日本人の
黒澤さんという方がいて
聞いてみると
場所がいどうになったらしい
しかも
宿から
なまら
近い
…
明日
リベンジだ
2010年4月12日月曜日
4月11日 42日目 マレーシア 若い俺たちは古都よりも(21歳Ver)
朝
クアラルンプールに到着
そこから
宿を借りて
日帰りで
マラッカに行くことに
マラッカは
マレーシア最古の首都であり
季節風貿易で栄え
それが
欧米格好の場所となり
この街に
オランダと
ポルトガルの影響がところどころに垣間見れ
そして
アジアの中で
その欧米の影響を受けた
ユニークな街並みは
世界遺産にも登録された
マラッカは確かに
アジアとは思えない
ヨーロッパ的な建物が
たくさんあった
そこで
見てまわった
…
…
…
…
数時間後
俺たち二人は
観光よりも
飯を食うことのほうが
頭がいっぱいになってしまった
マラッカ名物の
ボール型になっている
チキンライスと
マレーシアの料理と
華人の料理が
混ざり合った
ニャニョ料理を食べ
すっかり満足した俺たちは
「マラッカはイッカ」
といって
クアラルンプールに帰ることに
そして
夜景が
なまらきれいと噂の
ペドロナス・ツインタワーを見に行くことに
そこまで行くには
地下鉄を利用
その駅は
実は
この地下に着く
そして
その上は
高級モールとなっていて
場違いと感じながらも
一通り見て周り
そして
いざ
入り口をでて
見ようというときに
雅也からのある一つの提案
「絶好のポジションまで振り返るの禁止」
なんとも
粋なことを考えるんもんだと
そのときは思ったが
今考えるとそうでもないな
とりあえず
少しはなれたところから
1
2
3
「やべー!!!!」
マレーシア来て
No.1の興奮
二人とも興奮しすぎて
写真とりまくりました
昭和最後の俺たちは
古都よりも
近代の
英知に
心
い抜かれてしまいました
クアラルンプールに到着
そこから
宿を借りて
日帰りで
マラッカに行くことに
マラッカは
マレーシア最古の首都であり
季節風貿易で栄え
それが
欧米格好の場所となり
この街に
オランダと
ポルトガルの影響がところどころに垣間見れ
そして
アジアの中で
その欧米の影響を受けた
ユニークな街並みは
世界遺産にも登録された
マラッカは確かに
アジアとは思えない
ヨーロッパ的な建物が
たくさんあった
そこで
見てまわった
…
…
…
…
数時間後
俺たち二人は
観光よりも
飯を食うことのほうが
頭がいっぱいになってしまった
マラッカ名物の
ボール型になっている
チキンライスと
マレーシアの料理と
華人の料理が
混ざり合った
ニャニョ料理を食べ
すっかり満足した俺たちは
「マラッカはイッカ」
といって
クアラルンプールに帰ることに
そして
夜景が
なまらきれいと噂の
ペドロナス・ツインタワーを見に行くことに
そこまで行くには
地下鉄を利用
その駅は
実は
この地下に着く
そして
その上は
高級モールとなっていて
場違いと感じながらも
一通り見て周り
そして
いざ
入り口をでて
見ようというときに
雅也からのある一つの提案
「絶好のポジションまで振り返るの禁止」
なんとも
粋なことを考えるんもんだと
そのときは思ったが
今考えるとそうでもないな
とりあえず
少しはなれたところから
1
2
3
「やべー!!!!」
マレーシア来て
No.1の興奮
二人とも興奮しすぎて
写真とりまくりました
昭和最後の俺たちは
古都よりも
近代の
英知に
心
い抜かれてしまいました
41日目 マレーシア 男二人ランカウイPt2
今日
朝おきると
隣のやつが大声出して
「背中がいてー」
とかほざきやがった
理由はこうだ
昨日
こやつは
上半身は
何も着ないで
遊泳をしていたわけだが
太陽を見た瞬間
感じた
これは
沖縄の日差しに似ている
「お前みたいな雪の中で育っている人間にはこの太陽は強すぎる上を着ろ」
俺の警告を無視し
泳ぎ続けた結果
これだ
全く
浅はかな奴だ
しかし
そんなの関係なしに
違うビーチで
また泳ぐことに
昨日泳いだビーチは
西側にあるのだが
北側にあるほうがきれいということで
早速移動
20分ほどたつと
確かにキレイ!
それよりも人
全然いねー
そんな
はしゃぎっぷりをみせるも
雅也は
昨日の反省を生かし
シャツを着て泳いでいた
そんなこんなで
何をするわけでもなく
ただ
プカプカ
プカプカ
と浮いていただけ
そんなこんなで
四時間ぐらい
浮き
飯をはさんで
また1時間ぐらい
浮いて
フェリーの時間なので
帰ることに
彼女もいない
男二人の
リゾート観光
うん
悪くない
これから
夜行バスで
マラッカへ
朝おきると
隣のやつが大声出して
「背中がいてー」
とかほざきやがった
理由はこうだ
昨日
こやつは
上半身は
何も着ないで
遊泳をしていたわけだが
太陽を見た瞬間
感じた
これは
沖縄の日差しに似ている
「お前みたいな雪の中で育っている人間にはこの太陽は強すぎる上を着ろ」
俺の警告を無視し
泳ぎ続けた結果
これだ
全く
浅はかな奴だ
しかし
そんなの関係なしに
違うビーチで
また泳ぐことに
昨日泳いだビーチは
西側にあるのだが
北側にあるほうがきれいということで
早速移動
20分ほどたつと
確かにキレイ!
それよりも人
全然いねー
そんな
はしゃぎっぷりをみせるも
雅也は
昨日の反省を生かし
シャツを着て泳いでいた
そんなこんなで
何をするわけでもなく
ただ
プカプカ
プカプカ
と浮いていただけ
そんなこんなで
四時間ぐらい
浮き
飯をはさんで
また1時間ぐらい
浮いて
フェリーの時間なので
帰ることに
彼女もいない
男二人の
リゾート観光
うん
悪くない
これから
夜行バスで
マラッカへ
40日目 マレーシア 男二人ランカウイ
ペナンマスターとなった
雅也は
全く
ここに居たくない
と
ほざき出したので
仕方なしに
そこから
いける島
ランカウイ島に行くことに
フェリーの中では
ブラウン管で
アバター(2D)
が放映されていた
ランカウイ島に着くと
そこは
ペナンとは様子が違い
完全なリゾート!!
とっても期待できる匂いが
プンプンとにおってきます
そこで
とりあえず宿を探すことに
地○の歩き○を
見る限り
安宿がないと思っていたところに
タクシー一緒に乗らないかと
言ってきた
イタリア人のおっちゃんが
教えてくれた
ゲストハウスに泊まることに
そこは
いっぱい一軒家を
持っていて
その一室を借りる
という形式だった
二部屋借りると高いので
まさかの
おとこ二人
ダブルベッドの部屋を借りることに…
まぁ仕方ない
とりあえず
目の前に広がる
海に行きたい欲求にかられ
海へ!!
きれいな海の中
俺らは
一時間~二時間は遊んだ
とてつもない
充実感と共に
日陰で休んでいると
ふっっと
われに返り
あたりを見回すと
ファミリー
または
カップル
だらけ
隣をみたら
異常な筋肉の野郎が
少しむなしくなった
そして
時間が
あまったので
近くの水族館に
地味に楽しんでしまった
そして
この日の締めは
ビーチ沿いで
夕日をながめながら
ビールを飲む
今日もまた
贅沢
贅沢
雅也は
全く
ここに居たくない
と
ほざき出したので
仕方なしに
そこから
いける島
ランカウイ島に行くことに
フェリーの中では
ブラウン管で
アバター(2D)
が放映されていた
ランカウイ島に着くと
そこは
ペナンとは様子が違い
完全なリゾート!!
とっても期待できる匂いが
プンプンとにおってきます
そこで
とりあえず宿を探すことに
地○の歩き○を
見る限り
安宿がないと思っていたところに
タクシー一緒に乗らないかと
言ってきた
イタリア人のおっちゃんが
教えてくれた
ゲストハウスに泊まることに
そこは
いっぱい一軒家を
持っていて
その一室を借りる
という形式だった
二部屋借りると高いので
まさかの
おとこ二人
ダブルベッドの部屋を借りることに…
まぁ仕方ない
とりあえず
目の前に広がる
海に行きたい欲求にかられ
海へ!!
きれいな海の中
俺らは
一時間~二時間は遊んだ
とてつもない
充実感と共に
日陰で休んでいると
ふっっと
われに返り
あたりを見回すと
ファミリー
または
カップル
だらけ
隣をみたら
異常な筋肉の野郎が
少しむなしくなった
そして
時間が
あまったので
近くの水族館に
地味に楽しんでしまった
そして
この日の締めは
ビーチ沿いで
夕日をながめながら
ビールを飲む
今日もまた
贅沢
贅沢
39日目 タイ→マレーシア 雅也がいた
朝
電車の中で
起きると
昨日の夜の寒さが嘘のように
車内は
蒸し風呂状態だった
まだ
到着には
時間がある
そう思っていた矢先
電車が
一つの駅で停まった
なんだろう
まぁ
この前にも
こんなことも
あったなんて考えていた
一時間経過
結構長いこと停まるな…
このときには
まだ心の余裕がある
二時間経過
この時間には
ハート・ヤイに着いているはずじゃ…
あまりにも出発が遅いので
いらいらし始める
3時間経過
何で停まっているんだ
だれか教えてくれ…
イライラと
理由が分からない不安にかられる
4時間経過
頼む出発してくれ…
熱さにもやられ
考えることをやめた
そして
5時間後
やっと出発!!
ジュンと俺は
二人で握手を交わし
天に人差し指を2本突き上げ
神に感謝した
そして
総時間約21時間
やっとこさ
ハートヤイに
到着
そこから
もう心がおれた
ジュンと俺は
電車ではなく
ミニバスを借りることに
そして
5時間後
やっと
目的地の
ペナン島に到着!!
長かった…
本当に長かった…
そんで
ペナン島に着いて
街歩いたら
雅也がいました
雅也は
三日も
ペナン島にいたので
すっかり
ペナンマスターになっていました
電車の中で
起きると
昨日の夜の寒さが嘘のように
車内は
蒸し風呂状態だった
まだ
到着には
時間がある
そう思っていた矢先
電車が
一つの駅で停まった
なんだろう
まぁ
この前にも
こんなことも
あったなんて考えていた
一時間経過
結構長いこと停まるな…
このときには
まだ心の余裕がある
二時間経過
この時間には
ハート・ヤイに着いているはずじゃ…
あまりにも出発が遅いので
いらいらし始める
3時間経過
何で停まっているんだ
だれか教えてくれ…
イライラと
理由が分からない不安にかられる
4時間経過
頼む出発してくれ…
熱さにもやられ
考えることをやめた
そして
5時間後
やっと出発!!
ジュンと俺は
二人で握手を交わし
天に人差し指を2本突き上げ
神に感謝した
そして
総時間約21時間
やっとこさ
ハートヤイに
到着
そこから
もう心がおれた
ジュンと俺は
電車ではなく
ミニバスを借りることに
そして
5時間後
やっと
目的地の
ペナン島に到着!!
長かった…
本当に長かった…
そんで
ペナン島に着いて
街歩いたら
雅也がいました
雅也は
三日も
ペナン島にいたので
すっかり
ペナンマスターになっていました
38日目 タイ→マレーシア 続・地獄列車
結局
14時間かかり
バンコクに到着
けつから
火が出続けたが
何とか
耐え抜いた
次の電車までは
六時間
バンコクでは
デモが起きているが
駅の中は
平和そのものだった
3等車が
地獄過ぎたので
次こそは
しっかりと
エアコンのついた
車両を…
と思っていたら
3等車しか空いてない!!
さすがマレー鉄道
人気路線なだけあります
仕方なしに
3等車を購入…
バンコクから
国境近くの町
ノーンカーイまでは
約17時間…
これまた
大移動
頑張ろう
今日で
約二週間
一緒に旅した
韓国人の
ソンフォンとは
お別れ
兄貴のように
優しくしてくれて
弟のように
茶目っ気たっぷりの
彼との旅は
本当に楽しかった
ベトナムで
変な親父にだまされそうになったとき
一緒に追い返したり
ラオスで
夜までいっぱい話したり
毎日一緒にビールを飲んで
健康のために一年我慢してた
コーラを解禁したら
「コーラはドラッグの一種だ」
と言いながら
その後
毎日欠かさず
コーラを三本飲み続けた
旅の中で
本当に
いい思い出ができた
カムサハムニダ
ソンフォンと分かれた後は
バンコクまでの電車で
仲良くなった
ジュン(また韓国人)と
マレーシアのペナン島まで行くことになった
疲れていた俺たちは
駅の構内で
爆睡
見た目は
完全に
ホームレスだった
そして
15:35
列車に乗り込む
昨日のシートよりは
少しだけ広い(約30cm)
最初は
案の定
熱い
熱い
また
扇風機だけの
この車両
しかも
今度は
あたってくれない
はぁー
深いため息をつきながら
ジュンと
「夜は涼しいよ」
なんて話していた
…
…
甘かった
夜は死ぬほど寒かった
もう長袖なしでは
耐えれないほど
ジュンは長袖を持っていなかったので
貸してあげ
俺は
バスタオルに包まっていた
マジで
寒い
窓閉めても
寒い
…
こうして夜は更けていった
もちろん
今日も
Hip Hot現象(前日の日記参照)に
悩まされている
14時間かかり
バンコクに到着
けつから
火が出続けたが
何とか
耐え抜いた
次の電車までは
六時間
バンコクでは
デモが起きているが
駅の中は
平和そのものだった
3等車が
地獄過ぎたので
次こそは
しっかりと
エアコンのついた
車両を…
と思っていたら
3等車しか空いてない!!
さすがマレー鉄道
人気路線なだけあります
仕方なしに
3等車を購入…
バンコクから
国境近くの町
ノーンカーイまでは
約17時間…
これまた
大移動
頑張ろう
今日で
約二週間
一緒に旅した
韓国人の
ソンフォンとは
お別れ
兄貴のように
優しくしてくれて
弟のように
茶目っ気たっぷりの
彼との旅は
本当に楽しかった
ベトナムで
変な親父にだまされそうになったとき
一緒に追い返したり
ラオスで
夜までいっぱい話したり
毎日一緒にビールを飲んで
健康のために一年我慢してた
コーラを解禁したら
「コーラはドラッグの一種だ」
と言いながら
その後
毎日欠かさず
コーラを三本飲み続けた
旅の中で
本当に
いい思い出ができた
カムサハムニダ
ソンフォンと分かれた後は
バンコクまでの電車で
仲良くなった
ジュン(また韓国人)と
マレーシアのペナン島まで行くことになった
疲れていた俺たちは
駅の構内で
爆睡
見た目は
完全に
ホームレスだった
そして
15:35
列車に乗り込む
昨日のシートよりは
少しだけ広い(約30cm)
最初は
案の定
熱い
熱い
また
扇風機だけの
この車両
しかも
今度は
あたってくれない
はぁー
深いため息をつきながら
ジュンと
「夜は涼しいよ」
なんて話していた
…
…
甘かった
夜は死ぬほど寒かった
もう長袖なしでは
耐えれないほど
ジュンは長袖を持っていなかったので
貸してあげ
俺は
バスタオルに包まっていた
マジで
寒い
窓閉めても
寒い
…
こうして夜は更けていった
もちろん
今日も
Hip Hot現象(前日の日記参照)に
悩まされている
2010年4月10日土曜日
37日目 ラオス→タイ 地獄列車
朝
ビエンチェンにつき
そのまま
バスに乗り込み
ラオスと
タイの
国境へと
向かう
ラオスと
タイの
国境は
あまりにも
簡単に通り
メコン川にかかる
タイと
ラオスの
友好橋を
ミニバスで
駆け抜けました
その後
久々に帰ってきた
タイ
最初に
タイに
着いたときは
右も
左も
前も
後ろも
米と
麦の
違いもわからず
ただひたすらに
ものすごい
高揚感にひたっていた
帰ってきた
今は
何か
少し
余裕のような
そんな気持ちで
また
タイに
たどり着いた
こんなときに
物を盗まれたり
トラブルにあったり
するんだろうな
初心忘れるべからず
気を引き締めていこう
タイ側の
ラオスの国境の町
ノーンカーイから
バンコクまでは
電車で行くことにした
そこで
ソンフォンは言った
3等車に挑戦したい
俺の中での
合言葉に
「安いが一番」
という
言葉があった
しかし
3等車というと
ぎゅうぎゅう詰めの席に
ついてるのは
扇風機だけ
四人がけのいすに
六人ぐらい座っている
そして
とにかく
熱い!!
これが
最大の弱点である
しかし
ぼくらの
「安いが一番」
この言葉は揺るがず
そのご
メコン川沿いで
昼寝をし
エアコンのきいた
かふぇで
力を
貯え
いざ勝負!!
…
…
…
…
案の定
車内は地獄
サウナ状態
乗車している
すべての
乗客がぐったりしている
この暑さの
対策は
ただひたすら扇ぐ
床にねる
である
乗車していた
僕は
Hip Hot現象(以下:HH)
と呼ばれる体内現れる不可解な
現象が起きてしまった
HHは
三つの症状が現れる
1.昨日食ったからいラーメンのせいで血が燃えるような感覚を排便のたびに起こす
2.硬いシートのせいでお尻のポジションが定まらず極度の違和感を感じ、痛みを伴う
3.汗のせいで肛門がひりひりする
この三つが
同時に襲ってくることを
HHとよばれる
俺は
これを
出発三時間後に
発症してしまった
ここから
バンコクまで
約12時間
果たして
耐えれるのか??
ビエンチェンにつき
そのまま
バスに乗り込み
ラオスと
タイの
国境へと
向かう
ラオスと
タイの
国境は
あまりにも
簡単に通り
メコン川にかかる
タイと
ラオスの
友好橋を
ミニバスで
駆け抜けました
その後
久々に帰ってきた
タイ
最初に
タイに
着いたときは
右も
左も
前も
後ろも
米と
麦の
違いもわからず
ただひたすらに
ものすごい
高揚感にひたっていた
帰ってきた
今は
何か
少し
余裕のような
そんな気持ちで
また
タイに
たどり着いた
こんなときに
物を盗まれたり
トラブルにあったり
するんだろうな
初心忘れるべからず
気を引き締めていこう
タイ側の
ラオスの国境の町
ノーンカーイから
バンコクまでは
電車で行くことにした
そこで
ソンフォンは言った
3等車に挑戦したい
俺の中での
合言葉に
「安いが一番」
という
言葉があった
しかし
3等車というと
ぎゅうぎゅう詰めの席に
ついてるのは
扇風機だけ
四人がけのいすに
六人ぐらい座っている
そして
とにかく
熱い!!
これが
最大の弱点である
しかし
ぼくらの
「安いが一番」
この言葉は揺るがず
そのご
メコン川沿いで
昼寝をし
エアコンのきいた
かふぇで
力を
貯え
いざ勝負!!
…
…
…
…
案の定
車内は地獄
サウナ状態
乗車している
すべての
乗客がぐったりしている
この暑さの
対策は
ただひたすら扇ぐ
床にねる
である
乗車していた
僕は
Hip Hot現象(以下:HH)
と呼ばれる体内現れる不可解な
現象が起きてしまった
HHは
三つの症状が現れる
1.昨日食ったからいラーメンのせいで血が燃えるような感覚を排便のたびに起こす
2.硬いシートのせいでお尻のポジションが定まらず極度の違和感を感じ、痛みを伴う
3.汗のせいで肛門がひりひりする
この三つが
同時に襲ってくることを
HHとよばれる
俺は
これを
出発三時間後に
発症してしまった
ここから
バンコクまで
約12時間
果たして
耐えれるのか??
36日目 ラオス レッツサイクリング
朝
早起きして
ルアンパバーン名物の
坊さんの托鉢を見た
どんな気持ちで
現地の人は
坊さんに
ご飯をあげているんだろう
気になった
中には
なぜか
チョコバーを
あげている人もいた 笑
それから
早起きしたので
昼ねして
その後
自転車を借りて
レッツサイクリング
目指すは
地図に載っていた
滝
最初は軽快に
飛ばしていたが
また俺の特技
方向音痴が
発症してしまった
漕げども
漕げども
たどり着かず
変な
山の上で
あきらめてしまいました 笑
帰り道
坂から下るとき
ものすごい気持ちがよかったです
しかし
高校時代の坂道のみたいに
ものすごい急でも
全然
平気だったのに
今日は
とても
怖かったです 笑
年をとったんだなー
なんて
考えていると
変な店の前にいた
若者に
ものすごい
勢いの水を
ホースでかけられました
ものすごい
運動をした後だったので
とっても
気持ちがよかったです
若者たちは
ものすごく笑っていました
ラオスで一番の
笑顔見せてもらいました
今日の夜のバスで
ビエンチェンに帰って
そのまま
マレーシアを目指します
あいつに
会うために…
早起きして
ルアンパバーン名物の
坊さんの托鉢を見た
どんな気持ちで
現地の人は
坊さんに
ご飯をあげているんだろう
気になった
中には
なぜか
チョコバーを
あげている人もいた 笑
それから
早起きしたので
昼ねして
その後
自転車を借りて
レッツサイクリング
目指すは
地図に載っていた
滝
最初は軽快に
飛ばしていたが
また俺の特技
方向音痴が
発症してしまった
漕げども
漕げども
たどり着かず
変な
山の上で
あきらめてしまいました 笑
帰り道
坂から下るとき
ものすごい気持ちがよかったです
しかし
高校時代の坂道のみたいに
ものすごい急でも
全然
平気だったのに
今日は
とても
怖かったです 笑
年をとったんだなー
なんて
考えていると
変な店の前にいた
若者に
ものすごい
勢いの水を
ホースでかけられました
ものすごい
運動をした後だったので
とっても
気持ちがよかったです
若者たちは
ものすごく笑っていました
ラオスで一番の
笑顔見せてもらいました
今日の夜のバスで
ビエンチェンに帰って
そのまま
マレーシアを目指します
あいつに
会うために…
2010年4月5日月曜日
35日目 ラオス メコンの夕暮れ
晩に
ラオスの古都
ルアンパバーンに到着し
今日は
一日中
散策
世界遺産にも登録されている
街なので
どんなまちなのかと
思いきや
結構何にもない
けど
どこか
懐かしい
そんな
気持ちにさせられるこの街
そして
ゆうがた
近くに売ってた
でっかい
豚串と
ビールを買い
メコン川沿いで
夕焼けを眺めながら
晩飯に
最高の贅沢の気がした
何も
考えず
ただ
ただ
きれいな
景色と
美味い飯
それとビール
日常的なことですら
幸せに感じることが出来る
多分
明日も
メコン川は
赤く染まるんだろうな
パノラマモード使ったら
めっちゃ
きれいに撮れた
34日目 ラオス 家族
今日は
バンビエンから
ルアンパバーンに移動するために
ローカルバス待つこと
四時間
やっと来たローカルバスの
値段を聞くと
8万5千Kip
ツアーリストのバスが
10万Kip
日本円に直すと
その差150円くらい…
まぁ安いのが一番と思い
あきらめる
そのバスが
途中
休憩に入ったドライブスルーのような所で
水鉄砲をもって遊んでた女の子
その子と一緒に遊んで
写真を撮って
見せてあげた
女の子はびっくりするぐらい
喜んでくれた
すると後ろから
「カメラ、カメラ」
と言って
その子のお母さんが
妹を連れてやってきた
そして
もう一枚
パシゃリ
子ども二人も
お母さんも
その写真を見て
とっても
喜んでくれた
別に現像して
あげるわけでもないのに
とってもいい気分になって
バスに乗り
出発すると
IPodから一曲
隋喜と真田2.0/家族ゲーム
という曲がかかってきた
家族
どこへ行っても
家族の姿は
変わらないものだと思った
お母さんは
子どもをあやし
お父さんは
悪いことをしている子をしかる
一番下の子は
家族のアイドル
家族みんなで笑ってる
どの国に行っても
そんな風景を目撃する
「神様のギフトはマジビッグ
街に響く笑い声が幸導く」
そんな
Hookを聞きながら
自分の家族のことを考えていた
当たり前だけど
俺にとって
家族は
なくては
ならないもの
一生懸命働いて
みんなを養い
知識も豊富な
父さんを目標にして
毎日休まず
家のことをすべて行い
優しい母さんを尊敬し
独特な感性と
誰も持っていないような才能がある
姉をうらやましがり
俺の悪いところを指摘して
しっかりしている
兄に導いてもらい
人一倍
頑張りやの妹を見て
自分を見直す
多分この家族じゃなければ
多分俺は俺じゃない
一番影響をうけてるし
やっぱり
この家族が一番すき
最近は
ばあちゃんもいるし
犬だって二匹もいる
この曲では
子どもを授かることが
神様からのギフト
俺は
この家族に
生まれてきたことこそが
ギフト
森家は
他にないし
森家の人も
俺らだけ
数えことのできない確立から
できた
この家族が
俺は
本当に大好きなんだなって
ラオスに
ひょんとした
親子の
光景から
感じた
ありがとう
最初に参加する
家族という社会
すべてをわかるには
俺はまだ若い
けど
「もういいかい」って
いってお腹から出てきた時から
染まってきた俺というカラー
塗れるよまだまだ
人生60
いや
100まで
死ぬときには完成してるはず
20年でこんなにきれいにぬってもらえたから
そのころには
わかっているはず
ってちょっと遅いか 笑
バンビエンから
ルアンパバーンに移動するために
ローカルバス待つこと
四時間
やっと来たローカルバスの
値段を聞くと
8万5千Kip
ツアーリストのバスが
10万Kip
日本円に直すと
その差150円くらい…
まぁ安いのが一番と思い
あきらめる
そのバスが
途中
休憩に入ったドライブスルーのような所で
水鉄砲をもって遊んでた女の子
その子と一緒に遊んで
写真を撮って
見せてあげた
女の子はびっくりするぐらい
喜んでくれた
すると後ろから
「カメラ、カメラ」
と言って
その子のお母さんが
妹を連れてやってきた
そして
もう一枚
パシゃリ
子ども二人も
お母さんも
その写真を見て
とっても
喜んでくれた
別に現像して
あげるわけでもないのに
とってもいい気分になって
バスに乗り
出発すると
IPodから一曲
隋喜と真田2.0/家族ゲーム
という曲がかかってきた
家族
どこへ行っても
家族の姿は
変わらないものだと思った
お母さんは
子どもをあやし
お父さんは
悪いことをしている子をしかる
一番下の子は
家族のアイドル
家族みんなで笑ってる
どの国に行っても
そんな風景を目撃する
「神様のギフトはマジビッグ
街に響く笑い声が幸導く」
そんな
Hookを聞きながら
自分の家族のことを考えていた
当たり前だけど
俺にとって
家族は
なくては
ならないもの
一生懸命働いて
みんなを養い
知識も豊富な
父さんを目標にして
毎日休まず
家のことをすべて行い
優しい母さんを尊敬し
独特な感性と
誰も持っていないような才能がある
姉をうらやましがり
俺の悪いところを指摘して
しっかりしている
兄に導いてもらい
人一倍
頑張りやの妹を見て
自分を見直す
多分この家族じゃなければ
多分俺は俺じゃない
一番影響をうけてるし
やっぱり
この家族が一番すき
最近は
ばあちゃんもいるし
犬だって二匹もいる
この曲では
子どもを授かることが
神様からのギフト
俺は
この家族に
生まれてきたことこそが
ギフト
森家は
他にないし
森家の人も
俺らだけ
数えことのできない確立から
できた
この家族が
俺は
本当に大好きなんだなって
ラオスに
ひょんとした
親子の
光景から
感じた
ありがとう
最初に参加する
家族という社会
すべてをわかるには
俺はまだ若い
けど
「もういいかい」って
いってお腹から出てきた時から
染まってきた俺というカラー
塗れるよまだまだ
人生60
いや
100まで
死ぬときには完成してるはず
20年でこんなにきれいにぬってもらえたから
そのころには
わかっているはず
ってちょっと遅いか 笑
2010年4月4日日曜日
33日目 ラオス だって…
今日は
ゆっくりおきて
ビィエンチェンを散策
特に何かあるわけではないので
みんなで
チェックアウト
もう一人の
日本の方は
もう
俺が起きたころには
バンビエンへと
発っていました 笑
俺とソンフォンも
バンビエンへと向かうことに
マレーシアの方は
一人で行動するといって
分かれた
彼は
八ヶ月で
40カ国回った
つわものだった
はなしや
写真が
とっても
楽しかった
そのご
バスターミナルに行き
バンビエン行きのバスを
探し
見つけたら
びっくりするぐらいの
オンボロっプリ!!
ローカル臭
ぷんぷんのバスに
ローカルふぇちの
俺は
一人テンションがあがっていた
そして
満員の中
バスが出発
バスの外には
素朴な風景
街の人と
ものすごく
目が合うので
手を振ってみた
笑いながら
振り返してくれた
はぁ
なんて平和なんだろう
そんな時間も
あっという間に
過ぎ
気づけばバンビエン
宿を探し
ソンフォンと二人
街を歩き
何もないと判断し 笑
今日は
早めに就寝することに
だけども
夜
二人でのはなしが盛り上がった
中学校や
高校
大学での思い出話
自分たちが持っている
モットー
一番白熱したのが
「他の国の文化の思い込み」
俺は
テホがいたから
韓国への
偏見は
あんまりなかったが
やはり
島国
日本は
誤解がおおい
ソンフォンは
日本人は
全員
オタクだとおもっていたらしい
ソンホォンは
俺に会って
日本人のイメージが
変わったらしい
全国の
日本の
皆様
ごめんなさい 笑
でも
二人で話した結果
どこの国も
どこの人も
全くかわらない
だって
人間だもの 笑
ゆっくりおきて
ビィエンチェンを散策
特に何かあるわけではないので
みんなで
チェックアウト
もう一人の
日本の方は
もう
俺が起きたころには
バンビエンへと
発っていました 笑
俺とソンフォンも
バンビエンへと向かうことに
マレーシアの方は
一人で行動するといって
分かれた
彼は
八ヶ月で
40カ国回った
つわものだった
はなしや
写真が
とっても
楽しかった
そのご
バスターミナルに行き
バンビエン行きのバスを
探し
見つけたら
びっくりするぐらいの
オンボロっプリ!!
ローカル臭
ぷんぷんのバスに
ローカルふぇちの
俺は
一人テンションがあがっていた
そして
満員の中
バスが出発
バスの外には
素朴な風景
街の人と
ものすごく
目が合うので
手を振ってみた
笑いながら
振り返してくれた
はぁ
なんて平和なんだろう
そんな時間も
あっという間に
過ぎ
気づけばバンビエン
宿を探し
ソンフォンと二人
街を歩き
何もないと判断し 笑
今日は
早めに就寝することに
だけども
夜
二人でのはなしが盛り上がった
中学校や
高校
大学での思い出話
自分たちが持っている
モットー
一番白熱したのが
「他の国の文化の思い込み」
俺は
テホがいたから
韓国への
偏見は
あんまりなかったが
やはり
島国
日本は
誤解がおおい
ソンフォンは
日本人は
全員
オタクだとおもっていたらしい
ソンホォンは
俺に会って
日本人のイメージが
変わったらしい
全国の
日本の
皆様
ごめんなさい 笑
でも
二人で話した結果
どこの国も
どこの人も
全くかわらない
だって
人間だもの 笑
32日目 ベトナム→ラオス ラオスまでの道のり
朝を迎えた
バスが止まっていたけれど
目の前には
ラオスの
イミグレーション
ここに
来るまでの道は
大変だった
道といっても
バスが跳ねるような道
エアコンがぶっ壊れ
温風が出てきている
しかし
止めない
運転手
窓は
開けれないようになっている
全員がぐったりしている
ソンフォンは
一睡も出来なかったと言って
頭痛に悩まされていた
同じバスに
日本の方が乗っていて
大変でしたねーと言っていた
しかし
私
ばっちり
10時間睡眠
隣に座っていた
アゼルバイジャンの方も
「このクソバスが!!」
と叫んでいた
どこでも寝れるのは
俺の
特技だと
思い知らされた
ラオスのイミグレーションでは
二人の日本人と
一人のマレーシア人に出会った
実は
同じバスだったと判明したが
もちろん
爆睡の俺は
知る由もなく
はじめましてでした
そうして
ラオスのイミグレーションを通過し
一同
首都
ビィエンチェンへ
そこからも
また長く
10時間バスに
揺られた
しかし
バスから眺める
景色は
また少し
他の国とは違う
不思議な雰囲気
そんな景色を眺めながら
やっとこさ
ビィエンチェンに到着!
そこで
バスが一緒だった
日本人と
マレーシア人と
ルームシェアすることに
一部屋四人で泊まることが出来た
部屋の中は
まるで
修学旅行みたいに
色んなはなしで
盛り上がった
夜は
みんなで
メコン川を
眺めながら
Lao Beerを
みんなで飲んだ
評判どうりの
美味さ
ラオスって国は
メコン川みたいに
ゆっくり
ゆっくり
時間が
流れてる
バスが止まっていたけれど
目の前には
ラオスの
イミグレーション
ここに
来るまでの道は
大変だった
道といっても
バスが跳ねるような道
エアコンがぶっ壊れ
温風が出てきている
しかし
止めない
運転手
窓は
開けれないようになっている
全員がぐったりしている
ソンフォンは
一睡も出来なかったと言って
頭痛に悩まされていた
同じバスに
日本の方が乗っていて
大変でしたねーと言っていた
しかし
私
ばっちり
10時間睡眠
隣に座っていた
アゼルバイジャンの方も
「このクソバスが!!」
と叫んでいた
どこでも寝れるのは
俺の
特技だと
思い知らされた
ラオスのイミグレーションでは
二人の日本人と
一人のマレーシア人に出会った
実は
同じバスだったと判明したが
もちろん
爆睡の俺は
知る由もなく
はじめましてでした
そうして
ラオスのイミグレーションを通過し
一同
首都
ビィエンチェンへ
そこからも
また長く
10時間バスに
揺られた
しかし
バスから眺める
景色は
また少し
他の国とは違う
不思議な雰囲気
そんな景色を眺めながら
やっとこさ
ビィエンチェンに到着!
そこで
バスが一緒だった
日本人と
マレーシア人と
ルームシェアすることに
一部屋四人で泊まることが出来た
部屋の中は
まるで
修学旅行みたいに
色んなはなしで
盛り上がった
夜は
みんなで
メコン川を
眺めながら
Lao Beerを
みんなで飲んだ
評判どうりの
美味さ
ラオスって国は
メコン川みたいに
ゆっくり
ゆっくり
時間が
流れてる
31日目 ベトナム→ラオス ブルームーンを眺めながら
今日は
ハノイを後にして
ラオスに向かう
ラオス
俺の中では
マイナーと
言わざるを得ない
全く未知の国
何があって
何が有名かわからない
とりあえず
Lao Beerが
美味いってことだけは
知っている
そんな
国へ向かうバスに乗り
ふと
空を見上げると
ブルームーンが
一月に
二回来る満月の
二回目のつきのことを
ブルームーンと言う
一月にも
同じブルームーンがあり
そのときは
沖縄で
交通量調査をしながら
社会科の直哉と
5時間ぐらい
語り合っていた
そして
二回目は
ベトナムで
ラオス行きのバスに
乗りながら
あー
不思議だ
途中
止まったと思ったら
ものすごい量の
米と
ベトナム人が
これから
ラオスの
ビィエンチェンまで
24時間…
果たして
大丈夫なのか!!
ハノイを後にして
ラオスに向かう
ラオス
俺の中では
マイナーと
言わざるを得ない
全く未知の国
何があって
何が有名かわからない
とりあえず
Lao Beerが
美味いってことだけは
知っている
そんな
国へ向かうバスに乗り
ふと
空を見上げると
ブルームーンが
一月に
二回来る満月の
二回目のつきのことを
ブルームーンと言う
一月にも
同じブルームーンがあり
そのときは
沖縄で
交通量調査をしながら
社会科の直哉と
5時間ぐらい
語り合っていた
そして
二回目は
ベトナムで
ラオス行きのバスに
乗りながら
あー
不思議だ
途中
止まったと思ったら
ものすごい量の
米と
ベトナム人が
これから
ラオスの
ビィエンチェンまで
24時間…
果たして
大丈夫なのか!!
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