行った場所


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2010年4月19日月曜日

4月14日 45日目 マレーシア 音楽

今日

一日なんもすることねー

と思って

どうしようかな…

と思いつつ

モールめぐりをすることに 笑

そこで

めちゃくちゃ

ほしいものが

それは

ヘッドホン

雅也がいたときに

雅也が持ってた

ヘッドホン

音の質がとてもよかった

うらやましかった

ふと

目に入った

SONY SHOP

そこにおいてあった

たくさんの

ヘッドホン

試聴する









あー

こんなの聞きながら

旅したい

そんな気持ちが強くなって

試聴すること

四時間



買っちゃった

ゴツイのと

迷ったけど

旅しているので

持ち運び重視

そして

最近は

歌詞に気にして音楽を聴いているので

ベース音よりも

ボーカルを聞きとりやすいものを

ということで

選びました

俺にとっては

音楽は

毎日の日記

自分の心の代弁者

体中を駆け巡る血

この旅にも

特定の曲を聞くと

その国での

思い出が

プレイバックする

たとえば

ソンフォンとの

旅は

ビートルズを

片方ずつ

イヤホンを

耳に突っ込んで

バス移動の際に聞いていた

いま

ビートルズを聴くと

そのたびと

地獄のような

バスの車内を

思い出す 笑

旅と音楽のセットは

どんな

ハンバーガーとポテトのセットよりも

俺には

高価で

幸せだ

4月13日 44日目 マレーシア 他国の日本

今日は

インドビザを申請

わかんない事だらけで

めちゃくちゃ

修正させられ

三枚書き直し

提出

何とか完了したみたい

その後

インド行きの航空券を

買った

一万円もしなかった

大丈夫なのか…笑

そこから

昨日行った

モールに再度

行った

外国に行くと

思うのが

日本の文化

ちゃんと

伝わってるの?

ということです

たとえば

このバッグ

どこに惹かれて買ったのか

一言

教えてほしいです

後は

すしキングという

お店

これじゃ

すしゴールドです 笑

駄菓子屋さんは

いったい何が正直なんでしょうか?笑

しかし

ここマレーシアでは

しっかりとした

日本の文化を

取り入れているところがあります

それは

世界の

JUSCO

日本の製品がたくさんあるし

質も上々

まぁ店員はマレーの方々なんで

違和感はありますが 笑

そこで

買ってしまった

日本の元気の源

おにぎり

はぁー

マジうめー

やっぱり世界で一番ですな

うちの母ちゃんが作るおにぎりは

いつも

ミートボールとか

から揚げ

たまに

餃子も入ってる

一風変わった

おにぎりですが

大好きでした

世界各国の

名物料理を食べるのもいいけども

俺の

母国の

ソウルフード

たまに

食べなきゃね

元気でた!!

よっしゃ

インドビザが取れる

一週間

何しよ??笑

4月12日 43日目 マレーシア バイbuy雅也 ミステイク

今日は

朝から

雅也が行きたいと言っていた

モールに行った

そこにあるお店は

高級ブランドばかり

旅をしている最中の

俺には

到底買えるものではない

隣で

マレーシアにしか

売っていない

という

ブランドを

買う

雅也を

横目で

よだれを垂らしながら

見ることしかできなった

あまりにも

うらやましかったので

物乞いをしてみたら

マサやが

一万円をくれました

男らしい

ありがたく頂戴し

雅也は

これにて

帰国

電車で

空港まで

行く予定だったのですが

そのときの

自動改札をミスって

最後の最後に

めっちゃ

係員に

起こられていました

めちゃくちゃ

ダサかったです

その後

俺は

インドビザを申請しに

インドビザセンターへ

駅を降り

あると思われるところを

ぐーるぐる

愚ーるぐる

google

google







ねぇじゃん

周りの人にきいても

「わからない」

の一点張り

約二時間探したけれど

あきらめて

宿に帰ることに

そこに

日本人の

黒澤さんという方がいて

聞いてみると

場所がいどうになったらしい

しかも

宿から

なまら

近い



明日

リベンジだ

2010年4月12日月曜日

4月11日 42日目 マレーシア 若い俺たちは古都よりも(21歳Ver)



クアラルンプールに到着

そこから

宿を借りて

日帰りで

マラッカに行くことに

マラッカは

マレーシア最古の首都であり

季節風貿易で栄え

それが

欧米格好の場所となり

この街に

オランダと

ポルトガルの影響がところどころに垣間見れ

そして

アジアの中で

その欧米の影響を受けた

ユニークな街並みは

世界遺産にも登録された

マラッカは確かに

アジアとは思えない

ヨーロッパ的な建物が

たくさんあった

そこで

見てまわった









数時間後

俺たち二人は

観光よりも

飯を食うことのほうが

頭がいっぱいになってしまった

マラッカ名物の

ボール型になっている

チキンライスと

マレーシアの料理と

華人の料理が

混ざり合った

ニャニョ料理を食べ

すっかり満足した俺たちは

「マラッカはイッカ」

といって

クアラルンプールに帰ることに

そして

夜景が

なまらきれいと噂の

ペドロナス・ツインタワーを見に行くことに

そこまで行くには

地下鉄を利用

その駅は

実は

この地下に着く

そして

その上は

高級モールとなっていて

場違いと感じながらも

一通り見て周り

そして

いざ

入り口をでて

見ようというときに

雅也からのある一つの提案

「絶好のポジションまで振り返るの禁止」

なんとも

粋なことを考えるんもんだと

そのときは思ったが

今考えるとそうでもないな

とりあえず

少しはなれたところから







「やべー!!!!」

マレーシア来て

No.1の興奮

二人とも興奮しすぎて

写真とりまくりました
昭和最後の俺たちは

古都よりも

近代の

英知に



い抜かれてしまいました

41日目 マレーシア 男二人ランカウイPt2

今日

朝おきると

隣のやつが大声出して

「背中がいてー」

とかほざきやがった

理由はこうだ

昨日

こやつは

上半身は

何も着ないで

遊泳をしていたわけだが

太陽を見た瞬間

感じた

これは

沖縄の日差しに似ている

「お前みたいな雪の中で育っている人間にはこの太陽は強すぎる上を着ろ」

俺の警告を無視し

泳ぎ続けた結果

これだ

全く

浅はかな奴だ

しかし

そんなの関係なしに

違うビーチで

また泳ぐことに

昨日泳いだビーチは

西側にあるのだが

北側にあるほうがきれいということで

早速移動

20分ほどたつと

確かにキレイ!

それよりも人

全然いねー

そんな

はしゃぎっぷりをみせるも

雅也は

昨日の反省を生かし

シャツを着て泳いでいた

そんなこんなで

何をするわけでもなく

ただ

プカプカ

プカプカ

と浮いていただけ

そんなこんなで

四時間ぐらい

浮き

飯をはさんで

また1時間ぐらい

浮いて

フェリーの時間なので

帰ることに

彼女もいない

男二人の

リゾート観光

うん

悪くない

これから

夜行バスで

マラッカへ

40日目 マレーシア 男二人ランカウイ

ペナンマスターとなった

雅也は

全く

ここに居たくない



ほざき出したので

仕方なしに

そこから

いける島

ランカウイ島に行くことに

フェリーの中では

ブラウン管で

アバター(2D)

が放映されていた

ランカウイ島に着くと

そこは

ペナンとは様子が違い

完全なリゾート!!

とっても期待できる匂いが

プンプンとにおってきます

そこで

とりあえず宿を探すことに

地○の歩き○を

見る限り

安宿がないと思っていたところに

タクシー一緒に乗らないかと

言ってきた

イタリア人のおっちゃんが

教えてくれた

ゲストハウスに泊まることに

そこは

いっぱい一軒家を

持っていて

その一室を借りる

という形式だった

二部屋借りると高いので

まさかの

おとこ二人

ダブルベッドの部屋を借りることに…

まぁ仕方ない

とりあえず

目の前に広がる

海に行きたい欲求にかられ

海へ!!

きれいな海の中

俺らは

一時間~二時間は遊んだ

とてつもない

充実感と共に

日陰で休んでいると

ふっっと

われに返り

あたりを見回すと

ファミリー

または

カップル

だらけ

隣をみたら

異常な筋肉の野郎が

少しむなしくなった

そして

時間が

あまったので

近くの水族館に

地味に楽しんでしまった

そして

この日の締めは

ビーチ沿いで

夕日をながめながら

ビールを飲む

今日もまた

贅沢

贅沢

39日目 タイ→マレーシア 雅也がいた



電車の中で

起きると

昨日の夜の寒さが嘘のように

車内は

蒸し風呂状態だった

まだ

到着には

時間がある

そう思っていた矢先

電車が

一つの駅で停まった

なんだろう

まぁ

この前にも

こんなことも

あったなんて考えていた

一時間経過

結構長いこと停まるな…

このときには

まだ心の余裕がある

二時間経過

この時間には

ハート・ヤイに着いているはずじゃ…

あまりにも出発が遅いので

いらいらし始める

3時間経過

何で停まっているんだ

だれか教えてくれ…

イライラと

理由が分からない不安にかられる

4時間経過

頼む出発してくれ…

熱さにもやられ

考えることをやめた

そして

5時間後

やっと出発!!

ジュンと俺は

二人で握手を交わし

天に人差し指を2本突き上げ

神に感謝した

そして

総時間約21時間

やっとこさ

ハートヤイに

到着

そこから

もう心がおれた

ジュンと俺は

電車ではなく

ミニバスを借りることに

そして

5時間後

やっと

目的地の

ペナン島に到着!!

長かった…

本当に長かった…

そんで

ペナン島に着いて

街歩いたら

雅也がいました

雅也は

三日も

ペナン島にいたので

すっかり

ペナンマスターになっていました

38日目 タイ→マレーシア 続・地獄列車

結局

14時間かかり

バンコクに到着

けつから

火が出続けたが

何とか

耐え抜いた

次の電車までは

六時間

バンコクでは

デモが起きているが

駅の中は

平和そのものだった

3等車が

地獄過ぎたので

次こそは

しっかりと

エアコンのついた

車両を…

と思っていたら

3等車しか空いてない!!

さすがマレー鉄道

人気路線なだけあります

仕方なしに

3等車を購入…

バンコクから

国境近くの町

ノーンカーイまでは

約17時間…

これまた

大移動

頑張ろう

今日で

約二週間

一緒に旅した

韓国人の

ソンフォンとは

お別れ

兄貴のように

優しくしてくれて

弟のように

茶目っ気たっぷりの

彼との旅は

本当に楽しかった

ベトナムで

変な親父にだまされそうになったとき

一緒に追い返したり

ラオスで

夜までいっぱい話したり

毎日一緒にビールを飲んで

健康のために一年我慢してた

コーラを解禁したら

「コーラはドラッグの一種だ」

と言いながら

その後

毎日欠かさず

コーラを三本飲み続けた

旅の中で

本当に

いい思い出ができた

カムサハムニダ

ソンフォンと分かれた後は

バンコクまでの電車で

仲良くなった

ジュン(また韓国人)と

マレーシアのペナン島まで行くことになった

疲れていた俺たちは

駅の構内で

爆睡

見た目は

完全に

ホームレスだった

そして

15:35

列車に乗り込む

昨日のシートよりは

少しだけ広い(約30cm)

最初は

案の定

熱い

熱い

また

扇風機だけの

この車両

しかも

今度は

あたってくれない

はぁー

深いため息をつきながら

ジュンと

「夜は涼しいよ」

なんて話していた





甘かった

夜は死ぬほど寒かった

もう長袖なしでは

耐えれないほど

ジュンは長袖を持っていなかったので

貸してあげ

俺は

バスタオルに包まっていた

マジで

寒い

窓閉めても

寒い



こうして夜は更けていった


もちろん

今日も

Hip Hot現象(前日の日記参照)に

悩まされている

2010年4月10日土曜日

37日目 ラオス→タイ 地獄列車

朝 

ビエンチェンにつき

そのまま

バスに乗り込み

ラオスと

タイの

国境へと

向かう

ラオスと

タイの

国境は

あまりにも

簡単に通り

メコン川にかかる

タイと

ラオスの

友好橋を

ミニバスで

駆け抜けました

その後

久々に帰ってきた

タイ

最初に

タイに

着いたときは

右も

左も

前も

後ろも

米と

麦の

違いもわからず

ただひたすらに

ものすごい

高揚感にひたっていた

帰ってきた

今は

何か

少し

余裕のような

そんな気持ちで

また

タイに

たどり着いた

こんなときに

物を盗まれたり

トラブルにあったり

するんだろうな

初心忘れるべからず

気を引き締めていこう

タイ側の

ラオスの国境の町

ノーンカーイから

バンコクまでは

電車で行くことにした

そこで

ソンフォンは言った

3等車に挑戦したい

俺の中での

合言葉に

「安いが一番」

という

言葉があった

しかし

3等車というと

ぎゅうぎゅう詰めの席に

ついてるのは

扇風機だけ

四人がけのいすに

六人ぐらい座っている

そして

とにかく

熱い!!

これが

最大の弱点である

しかし

ぼくらの

「安いが一番」

この言葉は揺るがず

そのご

メコン川沿いで

昼寝をし

エアコンのきいた

かふぇで

力を

貯え

いざ勝負!!









案の定

車内は地獄

サウナ状態

乗車している

すべての

乗客がぐったりしている

この暑さの

対策は

ただひたすら扇ぐ

床にねる

である

乗車していた

僕は

Hip Hot現象(以下:HH)

と呼ばれる体内現れる不可解な

現象が起きてしまった

HHは

三つの症状が現れる

1.昨日食ったからいラーメンのせいで血が燃えるような感覚を排便のたびに起こす

2.硬いシートのせいでお尻のポジションが定まらず極度の違和感を感じ、痛みを伴う

3.汗のせいで肛門がひりひりする

この三つが

同時に襲ってくることを

HHとよばれる

俺は

これを

出発三時間後に

発症してしまった

ここから

バンコクまで

約12時間

果たして

耐えれるのか??

36日目 ラオス レッツサイクリング



早起きして

ルアンパバーン名物の

坊さんの托鉢を見た

どんな気持ちで

現地の人は

坊さんに

ご飯をあげているんだろう

気になった

中には

なぜか

チョコバーを

あげている人もいた 笑

それから

早起きしたので

昼ねして

その後

自転車を借りて

レッツサイクリング

目指すは

地図に載っていた



最初は軽快に

飛ばしていたが

また俺の特技

方向音痴が

発症してしまった

漕げども

漕げども

たどり着かず

変な

山の上で

あきらめてしまいました 笑

帰り道

坂から下るとき

ものすごい気持ちがよかったです

しかし

高校時代の坂道のみたいに

ものすごい急でも

全然

平気だったのに

今日は

とても

怖かったです 笑

年をとったんだなー

なんて

考えていると

変な店の前にいた

若者に

ものすごい

勢いの水を

ホースでかけられました

ものすごい

運動をした後だったので

とっても

気持ちがよかったです

若者たちは

ものすごく笑っていました

ラオスで一番の

笑顔見せてもらいました

今日の夜のバスで

ビエンチェンに帰って

そのまま

マレーシアを目指します

あいつに

会うために…

2010年4月5日月曜日

35日目 ラオス メコンの夕暮れ


晩に

ラオスの古都

ルアンパバーンに到着し

今日は

一日中

散策

世界遺産にも登録されている

街なので

どんなまちなのかと

思いきや

結構何にもない

けど

どこか

懐かしい

そんな

気持ちにさせられるこの街

そして

ゆうがた

近くに売ってた

でっかい

豚串と

ビールを買い

メコン川沿いで

夕焼けを眺めながら

晩飯に

最高の贅沢の気がした

何も

考えず

ただ

ただ

きれいな

景色と

美味い飯

それとビール

日常的なことですら

幸せに感じることが出来る

多分

明日も

メコン川は

赤く染まるんだろうな
 パノラマモード使ったら

めっちゃ

きれいに撮れた

34日目 ラオス 家族

今日は

バンビエンから

ルアンパバーンに移動するために

ローカルバス待つこと

四時間

やっと来たローカルバスの



値段を聞くと



8万5千Kip



ツアーリストのバスが



10万Kip



日本円に直すと



その差150円くらい…



まぁ安いのが一番と思い



あきらめる



そのバスが



途中



休憩に入ったドライブスルーのような所で



水鉄砲をもって遊んでた女の子



その子と一緒に遊んで



写真を撮って



見せてあげた



女の子はびっくりするぐらい



喜んでくれた



すると後ろから



「カメラ、カメラ」



と言って



その子のお母さんが



妹を連れてやってきた



そして



もう一枚



パシゃリ



子ども二人も



お母さんも



その写真を見て



とっても



喜んでくれた



別に現像して



あげるわけでもないのに



とってもいい気分になって



バスに乗り



出発すると



IPodから一曲



隋喜と真田2.0/家族ゲーム



という曲がかかってきた



家族



どこへ行っても



家族の姿は



変わらないものだと思った



お母さんは



子どもをあやし



お父さんは



悪いことをしている子をしかる



一番下の子は



家族のアイドル



家族みんなで笑ってる



どの国に行っても



そんな風景を目撃する



「神様のギフトはマジビッグ



街に響く笑い声が幸導く」



そんな



Hookを聞きながら



自分の家族のことを考えていた



当たり前だけど



俺にとって



家族は



なくては



ならないもの



一生懸命働いて



みんなを養い



知識も豊富な



父さんを目標にして



毎日休まず



家のことをすべて行い



優しい母さんを尊敬し



独特な感性と



誰も持っていないような才能がある



姉をうらやましがり



俺の悪いところを指摘して



しっかりしている



兄に導いてもらい



人一倍



頑張りやの妹を見て



自分を見直す



多分この家族じゃなければ



多分俺は俺じゃない



一番影響をうけてるし



やっぱり



この家族が一番すき



最近は



ばあちゃんもいるし



犬だって二匹もいる



この曲では



子どもを授かることが



神様からのギフト



俺は



この家族に



生まれてきたことこそが



ギフト



森家は



他にないし



森家の人も



俺らだけ



数えことのできない確立から



できた



この家族が



俺は



本当に大好きなんだなって



ラオスに



ひょんとした



親子の



光景から



感じた



ありがとう



最初に参加する



家族という社会



すべてをわかるには



俺はまだ若い



けど



「もういいかい」って



いってお腹から出てきた時から



染まってきた俺というカラー



塗れるよまだまだ



人生60



いや



100まで



死ぬときには完成してるはず



20年でこんなにきれいにぬってもらえたから



そのころには



わかっているはず



ってちょっと遅いか 笑

2010年4月4日日曜日

33日目 ラオス だって…

今日は

ゆっくりおきて

ビィエンチェンを散策

特に何かあるわけではないので

みんなで

チェックアウト

もう一人の

日本の方は

もう

俺が起きたころには

バンビエンへと

発っていました 笑

俺とソンフォンも

バンビエンへと向かうことに

マレーシアの方は

一人で行動するといって

分かれた

彼は

八ヶ月で

40カ国回った

つわものだった

はなしや

写真が

とっても

楽しかった

そのご

バスターミナルに行き

バンビエン行きのバスを

探し

見つけたら

びっくりするぐらいの

オンボロっプリ!!

ローカル臭

ぷんぷんのバスに

ローカルふぇちの

俺は

一人テンションがあがっていた

そして

満員の中

バスが出発

バスの外には

素朴な風景

街の人と

ものすごく

目が合うので

手を振ってみた

笑いながら

振り返してくれた

はぁ

なんて平和なんだろう

そんな時間も

あっという間に

過ぎ

気づけばバンビエン

宿を探し

ソンフォンと二人

街を歩き

何もないと判断し 笑

今日は

早めに就寝することに

だけども



二人でのはなしが盛り上がった

中学校や

高校

大学での思い出話

自分たちが持っている

モットー

一番白熱したのが

「他の国の文化の思い込み」

俺は

テホがいたから

韓国への

偏見は

あんまりなかったが

やはり

島国

日本は

誤解がおおい

ソンフォンは

日本人は

全員

オタクだとおもっていたらしい

ソンホォンは

俺に会って

日本人のイメージが

変わったらしい

全国の

日本の

皆様

ごめんなさい 笑

でも

二人で話した結果

どこの国も

どこの人も

全くかわらない

だって

人間だもの 笑

32日目 ベトナム→ラオス ラオスまでの道のり

朝を迎えた




バスが止まっていたけれど



目の前には



ラオスの



イミグレーション



ここに



来るまでの道は



大変だった



道といっても



バスが跳ねるような道



エアコンがぶっ壊れ



温風が出てきている



しかし



止めない



運転手



窓は



開けれないようになっている



全員がぐったりしている



ソンフォンは



一睡も出来なかったと言って



頭痛に悩まされていた



同じバスに



日本の方が乗っていて



大変でしたねーと言っていた



しかし







ばっちり



10時間睡眠



隣に座っていた



アゼルバイジャンの方も



「このクソバスが!!」



と叫んでいた



どこでも寝れるのは



俺の



特技だと



思い知らされた



ラオスのイミグレーションでは



二人の日本人と



一人のマレーシア人に出会った



実は



同じバスだったと判明したが



もちろん



爆睡の俺は



知る由もなく



はじめましてでした



そうして



ラオスのイミグレーションを通過し



一同



首都



ビィエンチェンへ



そこからも



また長く



10時間バスに



揺られた



しかし



バスから眺める



景色は



また少し



他の国とは違う



不思議な雰囲気



そんな景色を眺めながら



やっとこさ



ビィエンチェンに到着!



そこで



バスが一緒だった



日本人と



マレーシア人と



ルームシェアすることに



一部屋四人で泊まることが出来た



部屋の中は



まるで



修学旅行みたいに



色んなはなしで



盛り上がった



夜は



みんなで



メコン川を



眺めながら



Lao Beerを



みんなで飲んだ



評判どうりの



美味さ



ラオスって国は



メコン川みたいに



ゆっくり



ゆっくり



時間が



流れてる

31日目 ベトナム→ラオス ブルームーンを眺めながら

今日は

ハノイを後にして

ラオスに向かう

ラオス

俺の中では

マイナーと

言わざるを得ない

全く未知の国

何があって

何が有名かわからない

とりあえず

Lao Beerが

美味いってことだけは

知っている

そんな

国へ向かうバスに乗り

ふと

空を見上げると

ブルームーンが

一月に

二回来る満月の

二回目のつきのことを

ブルームーンと言う

一月にも

同じブルームーンがあり

そのときは

沖縄で

交通量調査をしながら

社会科の直哉と

5時間ぐらい

語り合っていた

そして

二回目は

ベトナムで

ラオス行きのバスに

乗りながら

あー

不思議だ

途中

止まったと思ったら

ものすごい量の

米と

ベトナム人が

これから

ラオスの

ビィエンチェンまで

24時間…

果たして

大丈夫なのか!!